フラジール

□宇宙にすがる
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「ボク、筋肉が好きなんです」

鞄に荷物を詰めていると、岸神くんに声をかけられた。友人は用があるとかで先に帰ってしまったので、ゆっくりと帰る支度をしていたところだった。
今日の生物の授業で人間や動物の筋肉について習ったなあ、とぼんやりと思い出した。

「…そうなんだ?」
「はい」

突然の告白…申告?に当たり障りのない言葉を返すと、彼はふんわりと笑いながら頷いた。
教室に残っていた男子達が岸神またな、と声をかける。岸神くんは彼らに軽く手を振った後、また私の方へ向き直る。
いつの間にか教室にいるのは私達だけになっていた。

「なので、触らせてもらえないかと思いまして」
「…?」
「苗字さんの筋肉を」

…聞き間違いか?今、とんでもない言葉が聞こえた気がしたんだけど…。

「私の筋肉を?」
「はい」
「触りたいの?」
「はい」

目眩がして机に手をついてうなだれた。人の趣味嗜好に土足で入り込むような真似はしたくないけれど、彼のものはどうにも理解しかねた。

「えっと…ね、そもそも私には筋肉なんて無いから…」
「差はあれど、人にはきちんと筋肉がありますよ」
「そうじゃなくて…」

筋骨隆々じゃないし、触りがいなんて無いよ。
弱々しくそう告げると、岸神くんは首を傾げた。

「それは見ればわかります」
「だったら、」
「ボクは苗字さんのものに触りたいんです」

彼から漂う圧力を感じて顔を上げた。呼び出された時に感じた、人を圧倒する重いそれとまったく同じだった。
拒否することを阻むような、眼差し。

偏頭痛の兆しのような、目の前がちかちかと光る感覚にくらりとする。

「…考えさせてほしい、です」

彼に自分の身体を触れさせたくない、汚しちゃいけないと思っているのに。どうにも喉から出てこなかった。

わかりました、と岸神くんは笑った。弧を描いた薄情そうな唇に見蕩れる。

この男はやはり、美しい。


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