フラジール

□吐息を抱きしめて
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お弁当箱と水筒が入った袋を片手に屋上へと続く階段を登っていく。体調不良で休んでいる友人のことを憂いながら、今日はひとりの昼食だと少し寂しく感じていた。

「苗字さん」

足を止めて振り返る。
そこにはお弁当箱が包まれているであろう質の良い風呂敷を片手に笑みを浮かべる岸神くんがいた。
私の方へと軽やかに駆け上がってくる。

「ひとりでお昼ですか?」
「う、うん」
「ご一緒しても?」

どう考えても嫌と言わせるつもりは無いのに、彼はどうして私に問いかけるんだろうか。頷きながらぐるぐると考えた。

「屋上に行こうと思ってるんだけど、いい?」
「はい、行きましょう」


屋上の扉を開くと、友人同士や恋人同士ですでに食事をとっている人達がいた。込み合っていない端の方に腰掛け、膝の上で弁当を広げる。

いただきます、とふたりで手を合わせて食べ始める。岸神くんのお弁当は彩りがとても鮮やかで、バランスのとれたものだった。
自分で作った料理をあまり悪く言いたくなかったが、天と地ほどの差を感じてひとり肩を落とした。
気を紛らわせるように話題を作る。

「岸神くんはいつも誰と食べてるの?」
「御堂筋さんです」

ワントーン上がった彼の声に面食らう。顔もとても嬉しそうに輝いていて…みどうすじさん、のことがとても好きなことがひしひと伝わってきた。

みどうすじ、みどうすじ…さん。どこかで聞いたような。

「自転車競技部の御堂筋さん?」
「はい」

恍惚ともとれる表情で頷く彼に息が止まった。少し色気のあるそれにどきりとしたのだ。
羞恥心を感じ、たまらず箸をすすめる。

「今日、御堂筋さんは?」
「どうしてもひとりで食べたいとおっしゃられたので」
「そっか」

水筒のコップにお茶をそそいで一気に飲み干す。少し熱くなった頬が冷えていく感覚に、ほっとした。

「岸神くんは御堂筋さんが大好きなんだね」

もう一度コップにお茶を注ぎながらぽつりとこぼした。そういえば学校に自転車競技の大きな垂れ幕があったなあ、と思い出しながら再び口をつける。

「はい、とてもお慕いしています」

いつも上品に笑う岸神くん。だけど今日の笑顔には、年相応の純粋さも見え隠れしていた。

素直に好きだと言える彼がとても眩しくて瞬きを繰り返す。

そんな彼が、私には羨ましく思えた。


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