フラジール
□無重力に溺れる
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「苗字さんってあまりボクに興味が無いですよね」
言葉とはうらはらに彼からは不満そうな空気は感じなかった。不思議だ、という気持ちが先行しているようだった。
「そう…かな?」
「そうですよ。他の人は積極的にボクのことを知りたがります」
はあ、と気のない返事をしてしまったがきちんと思考回路を動かす。
自分の中で岸神小鞠は興味深い人間だ。桜の下で佇む姿を見たあの日から、ずっと。
こんなにも美しい人間に会ったのは初めてなのだ。
ただ、その気持ちを全面に押し出すのはどうにもはばかられた。
「ボクのことどう思ってるんですか?」
「…綺麗な生き物」
自分の中では観賞用に近いところにカテゴライズされている美しさ。何をしていても、どんな顔をしていても、気品のあるそれが損なわれることは絶対に無い。
「自分とは違う?」
「うん」
自分が美しくないことは物心ついた時から分かっていた。年齢を重ねてからは、それが出来るだけマシになるような術を身につけてきた。
世間は、醜いままの人間にはひどく冷たい。努力しているさまでも見せないと袋叩きだ。
ただそれを避けるためだけに、薄い紅をのせてゆく。
「ボクは苗字さんのこと美しいと思ってます」
「どこが…」
呆れる。心底この男の考えていることが分からなくて、また怖くなる。
おぞましいとさえ感じた。
「気高いんです、あなたは」
どこが。再び口にしようとした言葉は、何故か声にならなかった。