フラジール
□うすい足音
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「私に触っちゃだめだよ」
ほうきを動かしながら、背後にいる岸神くんに声をかけた。何かを躊躇した彼の気配を感じながらも、手は止めない。
「何故ですか?」
「岸神くんが穢れちゃうから」
あ はあ、と突然笑い出した岸神くんにたまげて勢いよく振り返る。
独特の笑い方をする岸神くんを呆然と見つめた。
くっくっく、と喉を鳴らして笑う様も、この男はいやに美しかった。
「苗字さんは…本当に愛らしいですね」
「………」
「おや、不服そうな顔」
「…そんなことより手を動かして、掃除終わらないよ」
彼は愉快そうに笑いながらも、まだ薄い字が残る黒板を再び消し始めた。
カラスの鳴き声につられるように窓の外を見上げる。
笑われても別に構わない。私はそう、思ってるのだから。
自分の中の半分の血は穢れている。もう半分の綺麗な血を侵食しているような気がして怖い。
日に日に穢れていっているのではないかと思って怖い。
怖いことだらけなんだ。本当はもう、嫌なんだ。
夜が迫る夕焼けへ手を伸ばした。
このまま飛んでいけたらいいのにな。