□世界を照らす、
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俺の世界は、いつも深い藍色の
ベールに覆われていた。

自分がどうやって此所に生まれ落ちてどうやって育ったのかすら知らない。分かるのは自分の名前、自分が魚人族という種族に属する事、そして自分の世界をすっぽりと包む冷たさと闇の存在だけ。

岩に腰掛けて世界の天井を見上げれば、時折何かが輝いているのを見つける事があった。だけどそれに手を伸ばす勇気なんて無かったし、伸ばした所でそれを自分なんかが掴み取れるとは思わなかった。だから俺は暗闇の中からその光が通るのを待ち焦がれて、日々を生きていたんだ。


しかしある日、世界が荒れた。


必死に岩肌にしがみつく俺の身体を、荒れ狂う世界に流された貝殻が傷付けていく。痛くて怖くて、いっそのこと意識を飛ばして世界に飲まれてしまおうかと思った。

赤色が滲む指先が震える。砕けた貝殻の破片が肌を切り裂いて、ああもう駄目だと震える唇からごぽりと泡を溢した時、


「───…!」


世界が一瞬だけ、輝いた気がした。


♂♀


気付いた時には、俺は珊瑚の中で眠っていた。普段から身を置いていた岩よりも世界の天井が近くなっていて少し怖かったけれど、何故か元の場所に帰る気にはならなかった。

身体は傷痕だらけだったけど、心は軽かった。昔よりも見上げる事が多くなって、昔よりも宙を掴むようになった。時折ちらつく光に恋い焦がれているのは、自覚していた。

それでも自分から世界を飛び出す気にはなれなくて、ただひたすらに光を待つ日々を過ごした。それで俺は満たされていた筈だった。


それなのに、世界は閉じた。


何の前触れも無かった。眠りから目覚めたら、俺の世界は真っ暗だった。周りを漂う魚も珊瑚も貝殻も何も居なくなって、俺は暗闇の中に取り残されてしまったようだった。

だけど俺はそんな自分の状況よりも、光の事で頭がいっぱいだった。俺の世界だけが暗闇に飲まれたのなら構わない、けれどもしあの光が生きる世界までもが暗闇の餌食となっていたら。


「、だめ」


声を洩らしたのは何時ぶりだろう。


「だめ、だめだ」


あの光は飲まれては駄目なんだ。


「っ、あ、あぁぁあぁあ…!!!!!」


がむしゃらに暗闇を掻き分ける。自分が何処をどう走っているかとか、何をしたら良いかなんて分からない。それでもあの光が輝けなくなるのは絶対に嫌だった。

お願い、お願い、お願いだから。

俺に掴めなくても良いから、
俺に輝かなくても良いから、




「───…見つけた」




ぐんと上方に片腕を引き上げられた。

今までに無い勢いで引っ張られる。さあっと辺りが晴れて、見る見るうちに俺の居た世界が遠ざかっていく。訳も分からず振り返ろうとしたら、突然視界が真っ白になった。


「…っ!」


思わず目を瞑る。無意識のうちに息を止めて身体を硬直させた俺は、片腕を引く何かにされるがままになっていた。身体が横にされる感覚、温かい感触が俺を包み込む。

その心地好さに恐る恐る目を開けば、飛び込んできた眩しさに目眩がした。それでも再び目蓋を下ろさなかったのは、


「はは…我慢、出来なかった」


そう言って濡れた俺の髪を撫でて笑ったのは、暗闇からずっとずっと恋い焦がれていた光と同じ色。

太陽の恵みを受けて輝く彼の黄金の翼は、今まで俺が見てきたどの貝殻より魚よりも美しくて夢みたいで、暗闇に染まっていた俺なんかとは全てが違っている。

だけど彼は鳶色の瞳で真っ直ぐ、真っ直ぐに俺を見詰めて。ぱさりと翼を羽ばたかせ、辺りに光を撒き散らしながら俺の額へそっと唇を落として笑った。


「やっぱ、すげえ綺麗だよ」


そうしてこの瞬間、
暗闇は光に飲み込まれたんだ。


END.

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