ん
□I am not forgotten.
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※Ibパロでシズイザです。
※本家様のギャリーBADENDネタバレと、多少の捏造を含みます。閲覧は自己責任でお願い致します。
「………あれ?」
ふっと、目が覚めたような感覚。
茫然としたまま辺りを見回してみれば、あちこちに絵画や彫刻が展示されていて、其処で俺は漸く自分が何処に居るかを思い出した。
「あ、いたいた。臨也ーっ」
「!…新羅、」
騒音にならない程度の声量で俺を呼んで此方にやって来る友人の姿は、何だか酷く懐かしく思えた。毎日顔を合わせている同級生に何でこんな感覚を抱くんだろう、と内心で疑問に思う俺に新羅が気付く訳もない。
「もうすぐ集合時間だよ。行こう」
「…集合時間?」
「うん、今日の課外授業の前に先生がちゃんと言ってたじゃないか。…臨也、聞いてなかったの?」
「…ああ、いや、そうだったね」
そうだ、今日は高校の課外授業でこの美術館に来ていたんだった。どうして直ぐに思いだせなかったんだろう。
そんな疑問が顔に出ていたらしく、新羅は怪訝そうな表情をして俺の事を見詰めてきた。
「…臨也、大丈夫?疲れてるのかい?」
「いや…平気だよ。早く行こう」
確かに本調子では無いとは思う。記憶の一部が欠けているような、奇妙な感覚がするから。しかし痛みやその他の症状が無いから説明しようにも出来ないので、俺は適当に誤魔化して足を進めた。
と、通路を曲がった先にあった彫刻を視界に捉えた途端、俺の歩みは止まった。
「……あ、」
それは蛇のように地をうねり、徐々に天に向かって伸びている緑の蔦。その先端には大きな真紅の薔薇が咲き誇っている。真白な床には花弁が散っていて、
(――…散る、薔薇が、花弁が)
途端、心臓が胸の奥で跳ね回る。
「あ…ああ…!」
脳裏にちらつくのは、点々と落ちた青。
真っ暗な通路。甲高い泣き声。
迫る赤、赤、赤。燃え盛る炎と消し屑。
見開いた双眸は焦点が定まらず、俺は頭を抱えてその場に膝をつく。驚いた様子の新羅が傍らに駆け寄ってきてくれたが、俺の脳は記憶を暴れさせ続ける。
(俺は、薔薇を持って)
(暗い世界を彷徨いながら、)
(だけど燃やして、何かを、)
(青色を、彼を、返して欲しくて、)
『先に行け、臨也。』
「―――……!」
俺は痛む頭も無視して立ち上がり、強い衝動に圧されるがままに駆け出す。此処が美術館だというのも、後ろから俺を呼ぶ友人の声も気にしていられなかった。
(なんで、忘れてたんだ!)
俺は絵画を見ていたら不思議な世界に閉じ込められて、出る為にその世界を彷徨っていた。其処で絵画の住人に襲われて、だけどこうして戻って来れた。
それは俺だけの力じゃなくて、途中で出会った一人の男が居たから。
『いちいち揚げ足取るんじゃねえ!』
短気で、
『…やべえ、マネキン壊しちまった。』
馬鹿力で、
『クイズとか苦手なんだよ…。』
単細胞で、
(それなのに、)
子供っぽくて甘党で、
『此処から出たら、美味いプリンの店に連れてってやる』
優しくて、
『無理しないで休んでろ。』
不器用で、
『…別に、心配なんかしてねえよ。』
どうしようもないくらいに、
『代わりに俺の薔薇をやるから、臨也の薔薇は返してくれ。』
お人好しな――、
「…………」
壁に飾られた幾つもの絵画。
その中にぽつんと、彼は居た。
「……シズ、ちゃん…」
何も無い灰色の世界で目を瞑っている金髪の男を見て、俺の震える唇からは自然と言葉が滑り落ちる。古ぼけた額縁に飾られた彼は、温かい命の色では無くて、冷たい絵具の色をしていた。
「シズちゃ、ん」
膝の力が抜けたところを、追い掛けてきた新羅に支えられる。けれど俺の意識は目の前で眠る彼にしか向かなくて。
「シズちゃん、ねえ、」
喉が震える。視界が歪む。伸ばした手を掴んでくれることも無い。零れる涙は拭われもせずに流れていく。呼んだ名前は行き場も無く空気に消えていった。
『必ずまた、会えるからよ』
シズちゃんの嘘つき。
そう言っても、目の前に居る彼はもう、怒ってくれなかった。
♂♀
熱いコーヒーを舌の上で転がして、少し苦過ぎたかなと眉を寄せる。口直しに皿からマカロンを一つ摘めば、俺は湯気の立つカップを置いて再び椅子に腰掛けた。
あまり甘い物が得意では無い俺が、唯一気に入っていつも取り寄せているこのマカロンは、中にプリンクリームが詰まっていてとても甘い。
「んー…赤を足そうかな…」
一人呟きながらパレットを手に取り、色付いたキャンバスを眺める。完成まであと一歩の其れは最後の一つが何となく足りなくて、悩む俺は小さく溜め息をつくと後ろを振り返った。
「ねえシズちゃん、何色が良いかな?」
部屋の奥、日当たりの良い壁に掛けられた絵画。その中で彼は眠り続けている。
あれから五年。23歳だと言っていたシズちゃんに俺は追いついてしまって、気が付いたら其れなりに名の知れた画家になっていた。
美術を学んでいたらしいシズちゃんが今の俺を知ったら、きっと悔しがるだろう。しかし彼は彫刻が主だったようだから土俵が多少違うけど。
「…赤にしようかな、やっぱり」
絵なんか全く興味無かった俺が画家になるなんて、誰が予想しただろう。だから俺の事を知る周囲の人間は驚き、誰もが画家を目指した理由を聞いてきたが、その度に俺は適当に誤魔化してきた。
だって言える筈も無いだろう。
(…絵になった想い人に少しでも近付きたいから、なんて)
こんな事は所詮俺の自己満足だと分かっている。だけど、どうしても彼を諦めきれずには居られなかったから。
「さて…ラストスパート、頑張ろうか」
俺は絵画の中のシズちゃんに笑いかけると、未完成のキャンバスに向き直って絵筆を手に取った。それから使い古したパレットに乗る絵具を筆先に付けて――、
「……臨也?」
鼓膜を揺らした声に、筆が止まる。
早まる鼓動を感じながら振り返れば、灰色の絵の前に男が一人。傷んだ金髪に窓から射し込む日の光が織り込まれて、きらきらと。まるで奇跡の花から生まれたように、きらきらと。
その光景は、俺が描き上げてきたどんな絵よりも美しくて愛しくて。
「おかえり、シズちゃん」
そう言って胸に飛び込んだ俺を抱き留めるその腕は、もう少しも冷たく無かった。
END.