□ダンスナンバーは57960 前編
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激しいスポットライトでは無くて、淡く紫色を帯びた室内照明の下。そしてきらびやかなお立ち台では無く、真っ白なシーツを敷かれたベッドの上が俺のステージ。

ただひたすらに腰を振る、踊り子。
それが俺、折原臨也だ。


♂♀


最初の客は、街中で出逢った男だった。きちんとスーツを着ていたけれど、それはオフィスで働く人間のそれではなくて、暗い世界で生きる人間の匂いがするものだと一目で感じたのを、今でも鮮明に覚えている。


《綺麗な人形みたいな面しているくせに、人生が退屈だっていう目をしていたからな》



俺の処女を喰らった男は、情事の残り香を煙草の匂いで消しながらそう言った。それに対して俺は思い付いた言葉を返そうとしたけれど、初めて同性を受け入れた身体はダメージが酷く、言い返す前に気絶してしまった。

そして目が覚めた時には男は消えていて、代わりに部屋の鍵が俺の手に握らされていた。更にはサイドテーブルにある硝子の灰皿に、週刊誌ほどの厚さの茶封筒と一枚のメモ書きがあって、そこには電話番号が書かれていた。

そこに掛けてみれば、あの男の知り合いだという奴が出て、俺を抱いてみたいと言う。代金は男が出した倍を出すから、と。あの男が置いていった茶封筒にだって相当の額が入っていたと返せば、大丈夫だと返された。



きっとこの時、俺にとって何か一つでも大切なものがあれば、何か一つでも欲求を満たしてくれる楽しみがあれば、俺は『踊り子』になったりしなかったんだろう。


♂♀


そしてあの日から二年ほど経った今、あの時に男から貰ったこの部屋はステージとなり、客が客を呼んで観客は増え、やっぱり俺は踊り子のままだった。

何百回やっても行為後の気だるさは慣れず、赤く腫れているであろう後孔がひくつくのを感じながら休憩している俺の隣で、今日最後の客であるドレッドヘアーの男は何やら携帯を弄っていた。その表情は何処か穏やかだ。


「…またあの後輩くん?」


この男は俺の常連客の一人で、以前、中学時代の後輩と再会して一緒に仕事をやり始めたと聞いていた俺は、ふとそれを思い出したので聞いてみた。すると男は頷き、


「ああ、静雄な。今日も仕事の足引っ張ってすみませんでしたってよ」

「へえ…」

「おう、良い奴なんだがなあ…どうにも女に奥手っつーか…縁が無いから、一辺男としての自信を持たせてやりたいんだ…が…」


そこまで言った男は、俺を見る。

一体何かと小首を傾げてみせれば、男は「そうだそうだ!」と無邪気に笑って俺の頭をわしわしと撫でてきた。しかし何が何だか分からない俺は、眉を寄せながらその手をぺしりと叩き払ったのだった。


♂♀


それから一週間後の夜、俺は踊る為にいつものステージに来ていた。今日は今から会う客しかいないから楽だなと思いつつ、先にシャワーを浴びる。

それに今日の客はあのドレッドヘアーだ。彼は常連客の中では一番まともに行為をするから、身体に受ける負担も少ない。そう安心しながらシャワーを浴び終え、風呂場から出ると、ちょうどドアが叩かれた。


「はいはーい」


どうせこの部屋を訪れるのは客だけだから、腰にタオルを巻いただけで玄関に向かう。そして念のために掛けているチェーンを外し、ガチャッとドアを開けてみれば、


「………え?」

「…あ、えっ、はあ!?」


茶色のドレッドヘアーではなく、特に何もセットされていない様子の金髪がいた。170以上ある俺の身長を軽く越えているその男は、大胆過ぎる俺の姿を見るなり顔を真っ赤にし、微妙に後ずさっている。

一方、予想外過ぎる来客に数秒間思考が停止してドアを開けた体勢のまま固まっていた俺だったが、ふとあの男の発言の端々を思い出し、それを纏めた結果をぽろりと口にした。


「……君さ、静雄くん?」


俺がそう問い掛ければ、顔を真っ赤にして廊下の壁に張り付いてしまった彼は「そうだけど取り敢えず服着てくれ…!」と、呻くように答えたのだった。


♂♀


「じゃあ君は、上司に言われるがままに此所に来たんだね?」

「…おう。トムさんが何か、男としての自信を持たせてやるとか、なんとか…」

「……成る程ね」


ひとまずバスローブを着た俺は静雄くんとベッドの上で向かい合うように座って、今の状況を纏めていた。その結果、彼はあのドレッドヘアーの上司の策略にまんまと嵌められて、俺の元に来たということが判明した。

恐らく下手な女を紹介するよりは、俺で一回良い経験をして自信を持たせたいと思ったのだろう。…その前にあの男、後輩の童貞卒業に同性を手伝わせるところで違和感を感じるべきなんじゃないか?

そんなことを悶々と考えていると、ふと静雄くんと目があった。と思えば、直ぐに顔を逸らされてしまう。こんなあからさまな避け方をされても嫌悪感を抱かないのは、


「……シズちゃん、顔真っ赤」

「な!…つか、何だよシズちゃんって!」

「だって俺達って、あの上司から話聞いてた限りは同い年みたいじゃん?仲良くなる為にはまずあだ名を付けなきゃね」

「だからってシズちゃんは──」


尚も反論しようとした彼の、シズちゃんの口を片手で塞ぎ、もう片手で後ろに押し倒す。突然の事で驚いているらしく、目を見開いてるシズちゃんは反抗もせず、あっさりと俺の下敷きになった。

そして俺はそんな彼の口を塞いだまま、バスローブの前で結んでいた紐を片手でゆっくりとほどいていく。徐々に露になる俺の身体を、シズちゃんは顔を真っ赤にしながらも凝視していた。

そしてバスローブを脱いだ俺はそっと身体を前に倒して、完全に硬直してるシズちゃんの耳元に唇を寄せて。


「…じゃあ、もっと仲良くなれること、しよっか?」


俺が初めて、シズちゃんの前で踊った日。

この日を境に、踊り子として生きてきた俺が少しずつ狂い始めるなんて、少しずつ壊れ始めていくなんて、気付く筈が無かった。


continue.

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