めい
□蒲公英色の真昼時
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濡れた髪をタオルで拭きながら部屋に戻ると、ソファに座っていた臨也が気配に気付いて此方を振り返った。その顔には珍しく眼鏡を掛けていて、何をしていたのかと気にしながら其方へ向かう。
「何してたんだ?」
「ちょっと情報収集、でも今終わった」
そう言うと臨也はテーブルに置いていたノートパソコンを操作してウィンドウを閉じ、シャットダウンしてしまった。何を見ていたのか気にはなったが、仕事関係なら突っ込む訳にもいかねえかと考えた俺は適当に納得したふりをして隣に腰かける。
すると臨也が「まだ生乾きじゃん」と俺の首元に引っ掛けていたタオルを取って、背後に回って髪を拭き始めてくれた。その手付きは優しく丁寧で心地好い。そうして目を瞑って大人しく拭かれていると、ふと臨也が言葉を零した。
「ねえ、シズちゃんって玉子焼きは甘いのが好き?出汁の方が好き?」
「あー?…どっちも嫌いじゃねえけど、敢えて言うなら甘い方かな」
「そっかあ…うん、ありがと」
「………?」
突然の質問にどんな意図があるのかやはり気になったが、振り返ろうとしたら「動いちゃ駄目!」と可愛らしく注意されたので諦めた。…つーか機嫌損ねて拭くのを止めて欲しくなかったし、な。
♂♀
「シズちゃんっ」
次の日の朝。仕事に行こうと玄関で靴を履いていた俺の背中に、普段より高めの臨也の声が掛けられた。これは多分、何か俺に仕掛けようとワクワクしてる時の声だ。
振り返ると案の定満面の笑みを浮かべた臨也が立っていて、靴を履き終えた俺は背筋を正して臨也と向き合った。
「どした?」
「ふふ、じゃじゃーんっ!」
可愛らしい効果音と共に俺の目前に突き出されたのは、黒い手提げ袋。中を覗けば紺色の巾着袋が入っていて、一体何なのかと巾着袋と臨也を交互に見遣る俺に、臨也は笑顔で手提げ袋を持たせてきた。
「これね、今日のお昼に食べて?」
「………え、っ」
その言葉に俺は漸く巾着袋の中身を察する。そして臨也も俺の表情でそれに気付いたらしく、嬉しそうな恥ずかしそうな笑みを浮かべながら上目遣いで俺を見てから、
「っ、いってらっしゃい」
いつの間にか半開きになっていた俺の唇にちゅっと口付けたと思えば、耳まで真っ赤に染め上げてバタバタと奥に引っ込んでしまった。
♂♀
「静雄、その顔どうした?」
「あー…ちょっと出掛けに色々あって、鼻血が」
「へえ珍しいな、大丈夫か?」
「大丈夫っす。…あのトムさん、今日の昼飯は自由でも良いっすか?」
「お?そんくらい別に構わねえけど…」
「ありがとうございます」
相変わらず優しい上司に礼を言って、俺は手提げ袋を見下ろす。きっと巾着袋の中にあるのは彼奴の愛情が詰まった箱で、その中にはきっと甘い甘い玉子焼きが居るのだろう。
そう思うだけで口許には笑みが浮かび、俺は一秒でも早く昼休みを貰うために両頬をパンと叩いて気合いを入れたのだった。
END.
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こっそり愛妻弁当を作る臨也さんとか
物凄い可愛い気がするのは私だけですか。