短編集

紅紅霞(くれないこうか)
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「ええ………はい。
 ありがとうございます………。
 それでは、明日伺いますので………。
 いえ………そんな………」

開き放しになっているふすまを通って、
電話にでている父・哲哉の声が聞こえる。

いつもとは違い、
言葉づかいがやけに丁寧だ。
かなり腰も低くなっている。
少しでも言葉を間違えると、
相手の機嫌を損ねてしまうようだ。
次の『依頼人』は相当身分が高いらしい。

(まあ、私には関係ない事だけど)

奈菜美はそんな事を思いながら、
再び本に目を走らせた。
彼女の家は普段は一階で
店を開いている。二階は彼らの家だ。

しかし、たまに電話で
予約を入れるお客もいる。
彼女は彼らを『依頼人』と呼んでいた。

「はい。了解しました。それでは」

その『依頼人』との電話が終わったのか、
哲哉はふうと、一息ついてから
受話器を置いた。

「あー…………疲れた」と哲哉は肩を回す。

「ずいぶんと身分の高い依頼人みたいね」

「ああ。この近くにある名家の息子さんだ。
 えっと………敦と中学が一緒なのかな」

「並盛中学か………懐かしいわね。
 敦は知っているかしら?」

「名前だしたら分かるんじゃないか?
 まあ、明日ちょっと行ってくるよ」

哲哉はそう言った後、部屋を出た。
そして店に戻ろうとした時、
階段から滑り落ちてしまった。

その物音で奈菜美は本を閉じた。
そして憂鬱そうにため息をついた。

「明日は私が行かなければならないかしら?
 本当に面倒だわ…………」

もう一度ため息をついてから、
哲哉の様子を見に行った。

病院で診てもらい、
やはり案の定、腰を痛めたらしく
しばらく安静にしていろとの事。

それを聞いた奈菜美は
「やっぱりね…………」と
再度、ため息をついたのだった。

               
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