西夢処

□赤ちゃんシリーズ第一弾〜二郎真君の場合〜
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「君の髪は触り心地がいいね」
 玄奘を胸に抱き込んだ楊漸の口から常に思っていたことが零れ落ちた。
「そうでしょうか?自分ではよくわかりませんが」
 首を少し傾げて、楊漸をちらりと見上げるのは玄奘の癖だ。さりげない上目遣いの危険さを本人は当然、自覚しているはずもない。

 天界の花畑の中で、いつもの様に玄奘は背に楊漸の体温を感じながら、満ち足りた時を過ごしていた。
 最近はこうした触れあいにも玄奘も徐々に慣れ、今では疲れている時など、気を抜こうものなら、その腕の中で眠りに落ちてしまうことすらある。
 今だって、楊漸のいつもの木叉に対する小言を子守唄に眠気に誘われていたのは、気付かれると拗ねられるので彼には秘密だ。
「心地いいよ。君の髪はいつも艶やかで、甘い香りがする」
「楊漸…、またあなたはそういう」
 日頃から平然と甘い言葉を吐く楊漸に、呆れたように笑って見せれば、目の前で一房握った髪に口づけて見せるものだから、おもわず頬にかっと熱が集まる。
「どうしたんだい、玄奘?随分、顔が赤いようだけど?」
「誰のせいですかっ?誰のっ?」
「ん?当然、私のせいに決まってる。いいかい玄奘、私以外にそんな顔見せるんじゃないよ?」
 なにしろこの元三蔵法師のお人好しと鈍さは筋金入りだ。ついこの前だって、玄奘を連れ去りにいつものごとく地上に降りてみれば、寺院の手伝いにかこつけた若僧が玄奘に熱っぽい視線を向けていたのを心の狭さには定評のあるこの仙人が見逃すはずもない。
 いつもなら、玄奘以外に姿を見せることなどないが、今回はわざと玄奘の肩を抱き己の口から直接玄奘を何日か借りることを申し伝えてやった。
後で玄奘からは、小言をくらったが、あの若僧に一泡ふかせてやったのでそれくらいなんてことな い。
 

 今だって、頬を染めて怒る玄奘の姿はただ可愛らしくて仕方ない。だから、ついもっとその頬を自分の為に染めて欲しくて、意地悪を言ってしまう。
「あなた以外にこんな感情持つわけないでしょう!?」
「ん?こんな感情って、どんな?」
「も、もう楊漸なんか知りませんっ」
 ぷいっと、他所を向きながらも、楊漸の膝の間から抜け出そうとしないところが、やはり愛しい。
「あはは、すまないね。つい、いじめ過ぎてしまった。お詫びに、今日はなんでもひとつ君のいうことを聞いてあげよう」
 こういう時の玄奘の台詞は大方、なら木叉を困らせないように、ちゃんと仕事をしてくれ、という類のものだ。なので、いつもと同様に君の頼みなら少し検討しよう、と答えるつもりだった楊漸は、次に出た玄奘の言葉に二の句が繋げなかった。

「楊漸、私はあなたがなにより大切です。でも、それと同じくらい大切なものができました」
 どこまでも真っ直ぐな玄奘の瞳に嘘はない。元より、玄奘は嘘がつけるほど器用ではない。
ならば、大切な相手ができたという今の言葉にも嘘はないのだ。
 すっと、指先が冷えていく。500年の間ずっと楊漸を包んでいた孤独感が再び楊漸を包み込む。
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