※現パロ 高1






「あーあ、暇」

三郎次の、まるで唾でも吐きすてるかのような忌々しげな表情の呟きにより、僕らの周りを漂う空気はさらにどんよりとする。
授業終わりに1組の教室に行った際、左近と久作は委員会だってよ、と話す三郎次の周りを漂う空気は既に重たくジトッとしていた。三郎次の不機嫌そうな表情に、このまま一人で帰ってしまおうかと思ったけど、1組に属する三人の友人と放課後に寄り道するのが僕の日課であり楽しみの一つだから、テンションだだ下がりの三郎次を連れて、いつものファミレスに寄ったのだ。でも三郎次はさっきから溜め息ばかり。折角一緒にいるんだから少しでも元気になってもらいたいんだけど、これがなかなか上手くいかない。

「ねえ、そんなに落ち込まないでよ」

とりあえず励ましてみる。効果は期待してないけど、何もしないよりはマシだろう。

「好きな人にチョコを渡す女子って最近は少ないらしいよ。だから、気にすることないって」
「四郎兵衛に言われても説得力ねえし。じゃあ訊くけど、何個貰った?」
「あー……4個、かな」
「モテモテ君に言われても傷口広がるだけなんで、癒し系で年上から人気の時友くんは黙っててくださーい」

すねたように視線をぷいっと外す三郎次に、こっちが溜め息つきたくなる。別にモテてないし、癒し系でもない。ペットやマスコット扱いでチョコ貰えたって、こっちはちっとも嬉しくないんだ。ましてや、それを理由に友人にすねられて、損しかしてない気がする。
草食系男子の時代なんか大っ嫌いだ、と呟く三郎次の姿から悲哀を感じた。早く肉食系男子の時代に戻るといいね。でも三郎次って言うほど肉食系じゃないよね。

「大体バレンタインっておかしいよな。みんなしてソワソワしやがって。店まで便乗かよ。バレンタインメニューなんて消えちまえ」
「それは仕方ないよ。というか、バレンタインメニューが嫌ならどうしてチョコレートケーキなんて頼んだの」
「少しでも気が紛れるかと思った」
「で、紛れた?」
「余計虚しくなった」
「だろうね」

テーブルに伏してうなだれる三郎次。別にチョコなんて欲しくねえし、バレンタインなんて軟弱なイベントどうでもいいしとぶつくさ呟く姿はすごく不気味だ。

「なあ四郎兵衛、きいてくれ。おれってさ、自分で言うのもなんだけど、なかなか格好良いと思うんだ。運動出来るし、成績も良い方だし、見た目も悪くないだろ。それなのに、どうしてチョコ0個なんだろうな。義理チョコさえ貰えないって何?」

うわ、答えづらい質問。どうしよう、めんどくさい。
三郎次が義理チョコすら貰えない理由は明白だ。でも、それを素直に伝えたら、目の前の友人はさらに落ち込んでしまう気がする。ああ、やっぱり帰ったらよかったかなあ。
なんて、数十分前の自分の行動を後悔し始めると、よっすだかちっすだか、聞きなれた声が頭上でした。顔を上げると、見知った顔が二つ。

「そんなの日頃の行いが悪いからに決まってんだろ。三郎次って、女子への態度は冷たいし、後輩に意地悪してる姿なんてお世辞にも格好良いとは言えないよなあ?」
「久作に同感だね。それに、本当に格好良いヤツは自分のこと格好良いなんて言わないな」

久作と左近。委員会があるからと不在だった二人が、三郎次の落ち込みようを見て、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。二人は床にどさりと鞄を置くと、僕と三郎次、それぞれの隣に座りだす。

「二人とも、委員会は終わったの?」
「終わった。四郎兵衛、隣詰めて」
「つかお前ら、今のどういう意味だおい」
「そのままの意味だよ。三郎次、お前も詰めろ」

三郎次の隣に左近、僕の隣に久作が座る。左近も久作も寒さで頬が赤い。暖房が効いた店内にいると暑すぎるくらいだけど、外は寒いんだよねえ。窓の外をちらりと見ると、みんな寒そうに白い息を吐いている。バレンタインだからか、通行人はカップルが多い。今日から始まるカップルもいるんだろうな。あーあー手なんか繋いじゃって、と一組のカップルをぼうっと見てたら、男の方と目が合った。そいつはサッと僕らのボックス席に目を走らすと、勝ち誇ったように微笑を浮かべて過ぎ去って行く。男四人の僕らを寂しいヤツらとでも思ったんだろう。イヤな感じ。

「あー、寒かった。久作なに頼む?オレはバニラアイス添えホットケーキとドリンクバー」
「やけに可愛いもん頼むな。んー、俺はドリンクバーだけでいいや」
「久作、いつも何か食べるのに珍しいね。節約はじめたの?」
「あー、違う違う。委員会の後輩に貰ったチョコが鞄の中にあるからさ、いま何か食べたら後で食えなくなるだろ。つか、そう言う四郎兵衛もドリンクバーだけじゃん」
「僕も同じ理由だよ」
「まじで立ち去れお前ら二人」
「まあまあ三郎次。オレという仲間がいるぞ」
「左近、信じてた!」
「え、左近0個なの?」
「左近さ、後輩が委員会の男子全員に配ってるときにトイレ行ってたんだって。戻って来た時には無くなってたらしい」
「うわ、なんか、ごめんね」
「不運だよなー」
「そこ、不運って言うな!」

左近が眉をつり上げて怒鳴る。同時に弾ける笑い声。三郎次も笑っていて、ちょっとホッとする。どうやら機嫌は回復したみたいだ。

「つか、三郎次。なんでチョコケーキなんか食ってんの?」

元気になったみたいで良かったなあと思ったところで、久作が三郎次の前にある一口しか減ってないチョコケーキを見て不思議そうに首を傾げた。あー、それには触れちゃいけない。
三郎次は一瞬で笑顔をむっすり顔に変え、忌々しそうにチョコケーキにフォークを通す。

「気が紛れるかと思ったんだよ」

久作も左近も気が紛れるって何が?と言いたげにポカンとしてる。このまま火に油注いだら大変だ。よし、ここは事情を知ってる僕がフォローを入れようじゃないの。

「チョコ0個の気が紛れると思ったんだよね、三郎次」

しまった、フォロー失敗。火に油注いだのは僕でした。なんて、言ってられない。久作と左近がげらげら笑うなか、三郎次は顔を真っ赤にしてフォークをケーキに突き刺した。

「馬鹿だなー、そんなの虚しいだけだろ!」
「実際すげえ虚しい」
「あはは、アホだこいつ。つか四郎兵衛、正直すぎ」
「ごめんね、三郎次」
「なあ、そのケーキどんな味?一口くれ」
「いいぞ。ほら」
「お、久作、どんな味?」
「普通にうまい」
「へえ。オレにも頂戴」
「あ、僕も食べたい」
「もう全部やる。おれにはこれを食う気力がない」

ずいっと皿を差し出す三郎次。四人がけのボックス席は、僕らの笑い声に包まれる。

ふと、さっきのカップルが頭をよぎった。勝ち誇ったようなあの表情。バレンタインに男四人で騒ぐ僕らは、あの男より劣ってるんだろうか?僕にはそう思えないけど、世間的には僕たちって負け組?

「しょうがないなあ。オレのホットケーキを一口あげようじゃないの」
「おれの仲間は左近だけだ!」
「おーい、俺たちのこと忘れてませんかー」
「僕と久作もいますよー」


ぎゃはははと弾ける笑い声。さっきまで不機嫌だった三郎次も、なんだかんだ言いながら、顔くしゃくしゃにして笑ってる。やっぱり僕らにはあの男にあんな表情で見下される理由はない。だって、こんなに楽しいし。色恋沙汰しか頭にない、あの男に言ってやりたい。女の子といるのも良いかもしれないけどさあ、こっちも結構楽しいんだよ。


20110214


0220加筆修正


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