※年齢操作+2
「おう、四郎兵衛。おつかれー」
障子を開けると、部屋の主がいつも通りそっけない声で迎えてくれた。三郎次は、僕だということを確認するためにこっちを見ると、すぐに手元の教科書に視線を戻してしまう。
「今日の委員会はね、何故か金楽寺の近くにいた次屋先輩を捜索したんだ。そしたら滝夜叉丸先輩と次屋先輩が喧嘩しちゃってさ、すごく疲れたよ」
そんな三郎次の態度には慣れっこなので、お構いなしに部屋に上がりこみ、隣に腰をおろす。
「そりゃ、お疲れさん。棚に饅頭があるから食っていいぞ」
「お饅頭?」
「貰いもんだよ。タカ丸さんが町の土産でくれたんだ」
「僕、食べていいの?」
「は?なに今更遠慮してんの。当たり前だろ」
委員会後、真っ直ぐ三郎次の部屋へ来てしまう理由はここにあると思う。
「そうだね。今更、遠慮とか不自然だ。お饅頭、喜んでいただきます」
「んー」
三郎次のこういうところが好きだ。普段つんけんしてるのに、本当は根っから優しいヤツ。だから僕は、疲れたときも嬉しいときも、どんなときだって彼を訪ねてしまいたくなるんだろう。なんだって、共感したいのは三郎次。
「ねえ」
「なに」
「くっついていい?」
「はあ?ヤダよ」
「僕、疲れてるんだよ。癒されたいの」
だめ?と顔を覗きこむ。すごい仏頂面。でも、ほっぺた赤い。ね、満更でもないんでしょ。
「その表情は肯定とみなすよ」
逃げられる前に、横からぎゅっと抱きついた。三郎次の体、かっちこち。緊張?どきどき?可愛いなあ。
「お……前、横から抱きつくなよ、顔ちけーよ!」
「文句言わないでよ。嬉しいくせに」
「嬉しくなんかねーよ!」
「はいはい」
こんな反応ももう慣れっこ。小さい子をあやすみたいに背中を軽くぽんぽん叩く。
「お前、おれと同じ年齢だってことわかってる?」
「だって小さい子みたいだからさあ、つい」
怒ってる?と訊けば別に怒ってねえと返ってくる。そっかそっか、怒ってないか。だったらいいよね。体勢このままでもさ。
「ほんとお前といたら調子狂うわ」
「三郎次の調子を狂わすことが出来るのって、僕だけだよね」
「んなことねーよ。この学園、変人多いし」
「そこはそうだなって言うところでしょ」
「アホ、誰が言うか」
素直じゃないなあ。でも、そんなところを良いと感じるんだから、僕も大概変人なのかも。
「お饅頭、半分こしたいなあ」
「なんで。おれさっき自分の分食ったぞ」
「なんでも。そんな気分なんだ」
美味しい気持ちも、嬉しい気持ちも、なんだって半分こ。三郎次の悲しい気持ちも、ぼくが受け持ちたい。三郎次とは、いろんな感情を一緒に分かち合いたいな、なんて。押しつけがましい、僕の理想。そんなの無理だ。
「ほんと、理想なんだよね」
心から漏れた呟きは幸運なことに三郎次には聞き取れなかったらしい。
「なんか言ったか?」
「なんでもないよ」
へらりと笑って三郎次に抱きつく手を緩めた。そのまま離れて戸棚へ向かい、小さい箱からお饅頭を取り出して二つに割る。あんこたっぷりで、すごく美味しそう。
「はい、半分」
半分を差し出すと、三郎次は怪訝そうに受け取る。
「おれ、さっき食ったんだぞ」
「一緒に食べたいの。いいでしょ、半分こ」
「四郎兵衛がそうしたいならいいけどさ」
勿体ねえの、と呟く三郎次の隣に腰をおろす。
「勿体なくなんかないよ。こっちの方が嬉しい」
「ふーん」
お饅頭を口の中に放り込むと、口いっぱい甘さが広がった。
「美味しいねえ」
「うん。うまいよな」
二人してもぐもぐと口を動かし、同じ物を食べて美味しいと感じる。
「ねえ」
「なに」
「くっついていい?」
「また!?」
「だって幸せだから」
「理由になってねえよ!」
「だめかな?」
「え、や……だめではねーけどさあ」
そう言うと思った。三郎次の背後に回り、後ろからぎゅっと抱きしめる。
「……今度は後ろかよ」
「横からは誰かさんが文句言うしね。でも三郎次、こっちの方が好きでしょ?」
「別に」
「嘘つき。耳、真っ赤だよ」
「……やっぱり離せ」
「イヤ」
離すわけないでしょ。勿体ない。
「四郎兵衛」
「ん?」
「なんでもない」
「え、なにそれ」
「名前、呼びたくなっただけだよ」
三郎次は小さくぼそっと呟くと、僕に背中を預けてきた。え、なにこれ。すごく可愛い。
胸の辺りがくすぐったい。ねえ、これも幸せの共有かなあ。
「三郎次」
「なに」
「呼びたかっただけ」
「………あっそ」
20100210