※江戸パロで年齢操作+2。次→富。富松が泥棒です。




屋根の上から見下ろす町は昼間と随分違う。町人は寝静まり、誰の声も聞こえない。時折風で揺れる木の葉の音がするくらいで、本当に静かだ。
たくさんの雲で覆われた空は星一つ見えず、明かりといえば流れる雲の隙間から月が見え隠れするくらい。泥棒からしたら絶好の盗み日和なんじゃないだろうか。

「なー、孫兵。ここにいたら本当に来んの?泥棒とやらは」

隣で息をひそめる孫兵に声をかけると、孫兵は町から目を離さず、こくんと小さく頷く。

「来るだろう。ヤツが寄越した文通りなら、ここを通るはずだと藤内が言っていた」
「んー、どうでもいいけど、来るなら早く来てくんねえかなあ。俺、もう帰って寝たい」
「正直言って僕も眠い」
「じゃあもう帰ろうぜー。藤内には適当に報告してさあ」
「駄目に決まってるだろ。僕らがここを見張ってないと、泥棒に侵入されてしまう」
「大丈夫だって。城には藤内達がいるんだし」
「やる気なさすぎだぞ、三之助」
「だってさー」

駄々をこねる俺に孫兵が溜め息をついて町から目を離した一瞬、がさりと木の葉が大きく揺れる音がした。同時に地面を蹴る軽い足音が鳴る。
出た、と思った時には遅かった。暗闇の中、向かいの町家の屋根瓦の上に、一人の人間が立っている。暗くて顔が見えないが、体つきは男だ。ただ、風に揺れる、一つに束ねた長い髪が男か女かの判断を迷わせる。

「お前ら、城のヤツ?」

高いな、と思った。声が。女みたいな声だけど、どこか少年ぽさがある。声変わり前の男子のような。

「お前か?城に変な文を寄越したのは」

孫兵の問いに、そいつは笑みを含んだ声で「そうだよ」と答える。余裕たっぷりって感じ。孫兵をまとう空気が微妙に変化したのがわかる。孫兵、いらついてる。

「おれが文を送ったんだ。やっぱりお前ら城のヤツみてえだな。なに?闇に溶けこむみてえな着物着て。アンタら忍び?」
「それに答える必要はない」
「ああ、秘密主義ってやつ?」
「そうだ。泥棒のくせに物わかり良いじゃないか」
「まあな。つか、何?俺の相手、たった二人?しかもそっちのノッポは黙ってつっ立ってるだけだしよー」

そいつの言うノッポが俺を指してるということを理解するのに数秒かかった。孫兵が小声でおいと呼びかけてきてようやく我に返る。

「ノッポって、俺?」
「そうだよお前だよ。ノッポのくせにボケッとしやがって。なんだよその身長腹たつな。お前、年いくつ?」
「十四だけど」
「げえっ、嘘だろ!?さいっあくだなお前。変な前髪のくせに」

いや、前髪についてはアンタがどうこう言える立場じゃないでしょ。と思ったけど口には出さず、ただただ向かいのそいつを見つめる。
最悪だ腹たつおれは成長期が遅いだけなんだよ畜生等ぐちぐち言ってるそいつはどうやら男。たぶん、年は俺や孫兵と変わらないんじゃないだろうか。真ん中にわけた長い前髪(あ、なんか藤内に似てる)が特徴的。高い位置でまとめた長い髪がサラサラと風で揺れている。

「おい、こそ泥。さっきから何をぐちぐち言っている。お前の目的は城の巻物だろう?まあ、俺達が城へは向かわせないが」

孫兵が挑発的に言うと、泥棒は「ああ」とどうでもいいように手をひらひら振る。

「城へは行かねえよ。巻物なんて欲しくねえもん」
「はあ?でも、文には巻物を奪いに参上するって」
「あれは嘘っていうか、気がのったら盗もっかなーぐらいの軽い気持ちだよ。おれ金目のもんしか興味ねえし、城の巻物なんてどうでもいい。まあ他の城に売ったら良い値がつくだろうけど、それが原因で変な戦が始まんのはごめんだしな」

なんだそれ。盗み気ないなら泥棒じゃないじゃん。なんだこいつ。何が目的?

「城に文だしたのは挨拶がわりだ。ほら、挨拶とかそういうのはキチンとしとかないと駄目だろ」

ヘンなとこで真面目らしい。挨拶って、なんの挨拶?と疑問に思うと、「挨拶ってなんの挨拶のつもりだ?」と俺の気持ちをわかっているかのように絶妙な間合いで孫兵が代弁してくれた。おう、孫兵感謝。
泥棒、いや、泥棒じゃないのか。泥棒もとい男は「ああ、そんなの」と口を開く。
その時、隠れていた月が雲から顔を覗かせた。月明かりが、暗闇で隠れていた男の顔を照らす。ああ、やっと顔見える。

「この町で盗みを働くんでこれからよろしくって挨拶に決まってんだろ」

どくん、と心臓の辺りが大きく動いた気がした。
変わった赤茶色の髪に古びた着物。前髪はやっぱり長くて、真ん中で大きくわけられている。月明かりが射す中、風でサラサラ揺れる髪がすごく綺麗だ。

「アンタ、名前なんて言うの?」

考えたり迷ったりするより先に、勝手に口が動いていた。
隣の孫兵が怪訝そうにこっちを見てるのが視線でわかる。そりゃそうだろう。俺達は向かいにいる男からとんでもない挨拶を受けたんだ。名前なんて訊いてるとこじゃない。今すぐにでもアイツをひっ捉えて城へ報告するべきだと思う。
でも、雲の隙間から射した月明かりであの男の姿が見えた瞬間、名前とか性格とか、あの男のいろんなことが、どうしようもなく知りたくなったんだ。

「ええ?ここで名前訊くって話の流れおかしくねえか?今おれ、わりと重大宣言したつもりなんだけどなあ」

困ったように頭をがしがしかく泥棒に、「お前、泥棒に呆れられてんぞ」と孫兵が小声で言う。いやホント、自分でもどうかと思います。

「ちなみに、俺の名は三之助」

泥棒の表情が変化した。意外そうに目を丸くして、「へえ」と一言、愉快そうに笑う。その妖しい表情に、またもや胸の奥がどくんと鳴る。
同時に、頭に激痛が走った。うげ!とうめけば「アホか!なに名乗ってんだ!」と孫兵がすごい剣幕で怒鳴っている。成程、俺は孫兵に頭をはたかれたらしい。

「敵に向かって簡単に名前を教えるなんてお前はアホか!」
「いや、名前を訊くなら先に自分から名のるのが礼儀かと思ってさ」
「礼儀もクソもあるかボケ!」

アホ、クソ、ボケ。汚い言葉をこれでもかと吐き続ける孫兵とそれを受け続けるしかない俺。珍しくすげえ怒ってる。これはやっちまったなあ。とりあえず「まあまあ」となだめると、余計に怒りだしてしまった。あーあーもう、だって礼儀は大切だろ?

「面白いな、お前」

その声に、泥棒の方へ視線を向ける。泥棒は、にやにやと楽しそうな笑みを浮かべ、俺を見ていた。

「作」
「え?」
「おれの名前。通り名みてえなもんだよ」
「サク?」
「そう」

サクか。小さく声に出し、何度も反芻する。よし、これで忘れない。

「響きが良いな」
「どーも」
「本名はなんて言うんだ?」
「アホか。どこに本名教える泥棒がいんだよ、ばーか」

ごもっともで。
孫兵までうんうん頷いている。なんだよ、さっきまであんなに怒ってたくせに。

「アイツの言う通りだな。お前は馬鹿だ」
「うるせえ」

だって知りたくなったんだよ。通り名を知ることが出来ただけでも十分嬉しいけどさ。

「じゃあ、そろそろ退散すんわ。城のヤツに挨拶するってのが今回の目的なんで」
「ええ!?もう帰んの?」
「なんだよ。三之助、早く帰って寝たかったんじゃねえの?」

サクの言葉に、俺と孫兵の空気がピンとはりつめる。
早く帰って寝たい。確かに俺はそう言った。でもそれは、サクが現れる前のこと。サクが現れたのは、俺の駄々を相手するのに孫兵が気を抜いた一瞬だ。アイツ、隙が生じるまでどこかで潜んでたのか。

「んじゃ、またな」
「おい待て!」

孫兵が叫んだ時にはサクの姿は消えていた。なんて素早い。向かいの屋根にさっきまで泥棒が立っていたなんて嘘みたいだ。

「あの泥棒、油断できないな。変に腕がたつ。そこらの泥棒と一緒にできない。すぐに城に報告しないと」

孫兵の言葉に頷きながら、俺はさっきのサクの言葉を思い出す。
三之助、と確かに言った。俺の名を呼んだ。

流れるような赤茶色の髪。男としては高めの声で話す乱暴な口調。にやにや笑うその表情は妖しくて、でも綺麗で、強く惹かれてしまう。
胸の奥が早鐘を打つようにドクドク動く。うわ、駄目だ。なんだこれ。どうしたんだ俺。

「孫兵」
「ん?」
「俺、駄目かも」


俺さあ、アイツに惚れちゃったかもしんない。


20101123


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