※富松が幼児化しています。言葉づかいが赤ん坊です。苦手な方はご注意ください。大丈夫という方はこのまま下へスクロールお願いします。
『ちび富松』数時間後の話です。














今日はとりあえず休んで、様子をみよう。部屋からはなるべく出ないようにすること。

今朝、三之助と話し合って決めた約束。今日は一歩たりとも部屋から出ない。
そんな三之助との約束は、急な寒気により呆気なく崩壊した。いや、まあ、生理現象はどうしようもない。今の時間はどの学年も授業中だ。ちょっと厠に行ったところで、誰にも見つからないだろう。
というおれの考えはどうやら甘かったらしい。当たり前だ。授業は座学以外に実習だってあるんだ。厠前で人に遭遇する可能性は、十分にある。

「………」

だから、厠前で三之助以外の人物に遭遇してしまったところで文句は言えない。まあ、どうせ誰かに見つかるなら他の人がよかったなあとは思う。

「お前、迷子?」

眉間に皺をよせておれを凝視していた池田は、検討外れな言葉で短い沈黙を破った。
馬鹿じゃねえのか、こいつ。いつも迷子に悩まされてるおれが学園内で迷子になるわけねえだろ。

「聞いてんのかよ、おい」

こつんと頭をこづかれた。軽めだったので痛くはないが、失礼極まりない行動。ふざけんな、先輩の頭をこづくんじゃねえ。

「なにしゅんだ!しぇんぱいにたいして、にゃまいきだぞ!」

怒りと勢いに任せ、いつも通りに発した言葉は、今日は一味違っていた。先輩の風格なんてあったもんじゃない。口から出た言葉は、まるで赤ん坊だ。
羞恥で、一気に顔が熱くなる。なにが先輩だ。いまのおれはまるで幼児じゃないか。恥ずかしい。この話し方も、小さな体も、恥ずかしくてたまらない。よりによって、池田に見られてしまうなんて。

「え、お前、富松!?」

どうやら、おれだと気づいていなかったらしい。目を丸くして、本気で驚いている。よくよく考えてみれば、この体のおれを見て、富松作兵衛だと直ぐに気づくはずがない。池田からしたら、只の小さい子どもが厠から出てきたな、ぐらいにしか思わなかっただろう。それなのに、おれは、わざわざ自分から名のるような行動をとってしまった。

「お前、富松なのか?」

間抜け面した池田が、しゃがみこんで、おれに目線を合わせてくる。ぱちぱちと瞬きを繰り返す池田の目。一学年下の、よりにもよって池田なんかに、目線を合わせるためにしゃがみこまれるなんて、屈辱だ。悔しくて、情けない。

「……だったら、わりゅいかよ」

目に熱が篭りだす。こんなことで、こんなヤツの前で、泣きたくない。睨みつけても、気持ちに反してどうしようもなく涙が出てくる。悔しい情けない恥ずかしい。

「っ、おれがとまちゅで、わりゅいかよ」

ダメだ。涙、とまんねえ。小さくなったことで、涙もろくでもなったんだろうか。

「げ、泣くなよ!」

げ、とは失礼な。おれだって泣きたくなんかねえよ。でも、とまんねえんだよ。

「な、泣くなって!」

思わず、ぶぎゃ!と変な声が出た。池田が袖をおれの目元に擦りつけてきたのだ。

「いてーな!なにしゅんだ!」
「はあ?アンタが泣いてるから、わざわざ拭いてやったんだろ」
「そんなことたのんでねーよ!」
「うっさいな。ついさっきまで、びーびー泣いてたくせに」
「うりゅせえ!いけだのあほ!」
「アホにアホ言われても痛くも痒くもありませーん」
「にゃまいきなこといってんじゃねえ!おれはしぇんぱいだぞ!」
「今なら俺の方が年上なんじゃねーの?」

気にしていたところを、ぐっさり突かれた。池田の言葉が胸の奥をえぐるように突き刺さる。おれは、もう十二じゃないんだろうか。こんな小さな体で先輩面なんて、馬鹿みてえ。あ、ダメだ。また泣きそう。ていうか泣く。

「うわ、泣くなよ!」
「っ、おれ、ふぇ、」
「や、さっきのは冗談だからさ」
「でも、こ、んな、ちっちゃいからだで、ひっ」
「あー……。わ……るかったよ」

驚いた。聞き間違いかと思い、慌てて池田の目を見ると、池田はバツが悪そうに眉をしかめて、おれから目をそらす。その態度に、今の言葉が聞き間違いや空耳ではなかったんだと確認する。
謝った。口を開けば生意気な言葉ばかり吐く池田が、おれに向かって謝った。

「おまえ、あやまることできりゅんだな」

意外と礼儀正しいということは、なんとなくだが分かっていた。が、まさかおれに対して謝る日が来るとは思わなかった。

「……アンタ、俺のことなんだと思ってたんすか」
「にゃまいきな、こーはい」

どうせまた言い返してくるんだろうなと思って正直に言うと、池田はさらに意外な反応を示した。ふは、と、笑った。笑ったのだ。嫌味ったらしい笑いでも、馬鹿にしたような笑いでもなく、安心したかのように。

「やっぱ、そっちの方がアンタらしいっすよ」
「ど、どーいうイミだよ」
「アンタには怒鳴り顔がお似合いだって言ってるんです」
「にゃんだと!?」
「なんでこんな小さくなったのか知りませんけど、アンタはいちおー先輩なんだからさ、………しっかりしてくれないと、困るんですよね」

いつの間にやら変わっていた敬語は、聞き慣れなくて気持ち悪い。うつむく池田の頬が赤くみえるのは気のせいか。つか、いちおーってなんだよ。

「だから、いつも通り偉そうに先輩ぶっててくださいよ」

偉そうなのは、そっちじゃねえか。人と話すときは目を見るって教わらなかったのか。ほんと、生意気だし、態度でかいし、気にくわねえ。


「……おまえ、やっぱり、にゃまいきだ」


なあ。どうして、そんな嬉しそうに笑うんだよ。どうしたらいいか、わかんなくなるだろうが。


20110227


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