「これ、やるよ」

 差し出された手には、真新しい筆入れが握られていた。ごてごてした装飾がなくいかにも機能的なそれは、おれの好みにぴたりと当てはまっていて、一目で気に入った。

「……おれに?」

 ぬか喜びだったら恥ずかしすぎて一週間落ち込みかねない。勘違いだったときのための予防線を張りながら慎重に尋ねると、富松はこくんと首を縦に振った。

「他に誰がいるんだ。さっさと受けとれ」

 ぶっきらぼうな口調に仏頂面。贈り物を贈るという行為に反して不機嫌そうな面構え。富松の意図がいまいち分からないまま、とりあえず嬉しいので受け取った。
 筆入れはおれの手によく馴染み、まるで昔から使っていたかのようにしっくりきた。

「嬉しいか?」

 ……顔が怖い。睨みをきかせて嬉しいかと聞かれたって反応に困る。気に入ったことを伝えると、富松はようやく安心したかのように笑顔を溢した。

「先輩が何かくれるなんて珍しいを通り越して怖いですね。雨でも降らすつもりですか?」

 いつもの調子で嫌味を言っても、「悪いかよ」と一言で済まされてしまう。いつもならここで嫌味の言い合いが始まるのに、調子が狂う。

「具合でも悪いんですか?」

 あまりに普段と様子が違うので本気で心配になってきた。すると富松は眉尻をぴくりと動かし、悲しそうに顔を歪める。

「おれがお前に物を贈るのは、本気で心配されるようなことなのか?」
「いや、だって珍しいじゃないですか」

 悲しそうな表情にすっかり動揺してしまったおれは虚勢をはりつつも内心あたふたしていた。

「たまにはいいじゃねえか」
「そりゃ、嬉しいですけど」

 富松の考えが全く読めない。何か裏があるのではと疑心まで生じてきた。
 おれの様子に富松は小さな溜め息をつく。

「いつも、喧嘩ばかりだから。たまには、こういうのも悪くないかと思ったんだよ。お前との喧嘩は嫌いじゃないが、あまりに喧嘩ばかりじゃ恋仲の意味がないだろう」

 予想外すぎる言葉に唖然とすると、そんな顔すんなよと困ったように言われた。

「おれだって、たまには甘い雰囲気ってやつに憧れたりするんだよ」
「あ、甘い雰囲気?」

 甘い雰囲気っておれらから一番遠いものじゃないか。
 しどろもどろになるおれに、富松が舌打ちする。

「だから、お前と甘い雰囲気になりたいって言ってんだよ」

 急に上昇した体温に頭がくらくらした。

「……それぐらい、お前から察しろ。阿呆」

 阿呆と言われたにも関わらず、怒りより喜びが増していく。
 いま握りしめている筆入れは、どうやら富松なりの精一杯の演出らしい。なんてベタな、と思いつつ、顔がにやけるのを抑えられない。

 おれらだって、たまにはロマンチックに憧れるのだ。



劇的ロマンチスト


120423


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