※年齢操作+2





 本日、一回目。朝、廊下にて。すれ違う寸前に方向転換された。
 本日、二回目。昼、食堂にて。瞬間的な速さで目をそらされた。

 本日、三回目。夕方、中庭にて。まさに、今。

 宿題が早めに終わり、夕飯前に昼寝をしようと中庭に出てきてから感じる、痛いぐらいの視線。先客のそいつはどうやら自主練の最中だったようだが、じりじり感じる視線が非常に鬱陶しい。どうしたものかと、目を瞑ってもやもや悩んでいるうちに、結構な時が経ったようだ。まぶた越しに射す西日が眩しい。しばらくすれば、夕飯の鐘が鳴るだろう。そろそろ、悩むのも面倒だ。

 思い返せば、目が合ったら即座にそらされ、そんな態度が続くから避けられているのかと不安に思えば、今のように妙に熱い視線を感じる。そんな態度ばかりの一週間だった。耐えた俺を誉めてほしい。
 だが、いい加減に我慢の限界だ。そろそろ、この微妙な空気を壊す頃合いだと思う。まあ、一週間、何も反応しなかった俺もどうなんだって話だが。


「おい、アホの池田!」


 池田って単純だ。
 ガサリと派手な音をたてて茂みから現れたのは、俺の後輩である池田三郎次。眉を吊り上げ、怒りで顔を真っ赤にしている形相は世間一般の後輩像である『可愛い後輩』からは程遠く、可愛さの欠片も見当たらない。

「ふざけんなよ!おれはアホじゃない!」

 非常に立腹した様子の池田は、ここ一週間の失礼極まりない態度をコロッと忘れているのか、ずかずかと俺の方へ大股で歩いてくる。
 おいおい、いくらなんでも単純すぎるだろ。どんだけ沸点低いんだ。


「おい!いきなり人のことアホ呼ばわりすんじゃねえ!」
「……お前さ、その怒りっぽいとこ早く直した方がいいぞ」
「はあ?おれのどこが怒りっぽいんだよ!」
「あ、怒りっぽいんじゃねえか。変に、誇り高すぎるんだな」


 早めに直さないと、いつか身を滅ぼすぞ。
 忠告の意味を込めてそう言えば、池田の表情がぐらりと揺らいだ。吊り上がった眉は下がり、困ったように眉間にシワが出来る。
 ああ、そうか。自覚があるのか。


「……人の欠点、そんな簡単に突いてくんな」


 どうも、俺は池田を相手にすると言い過ぎてしまうクセがある。うつむいて黙りこむ池田を前にして、一気に罪悪感が押し寄せる。

 どうして、いつもこうなってしまうのか。
 後輩の憎まれ口なんて放っておけばいいと、同級生に何度言われただろう。わかっているつもりなのに、池田となると、ついつい相手をしてしまう。理由は、俺に向き合うコイツの目がいつも真面目だから。と、やはり俺自身、気になっているからなんだろう。
 それなのに、いつもこれだ。売り言葉に買い言葉で、結果、池田をボロボロにする。俺は、こいつを落ち込ませたいわけじゃないし、もちろん、怒らせたいわけでも、悲しませたいわけでもない。


「……アンタ、なんて顔してんすか」


 急に黙りだした俺を不思議に思ったのか、池田は訝しげにおれを見上げている。


「……俺、今どんな顔してんだ?」
「すっごく貧相な顔。もしかして、また思考の暴走っすか?」
「うっさい」


 ぐるぐる回っていた思考が止まる。にやりと憎たらしげに笑う池田は、いつもの生意気な池田だ。その様子に、少しホッとする。やっぱり、コイツには憎たらしい表情がよく似合う。


「アンタ、ほんと一人でぐるぐる考えることが好きっすね」
「考えないお前よりは良いだろ」
「おれの思考回路は必要な時にしっかり働くんです。大体、さっきのはアンタに否があるだろ。いきなりアホ呼ばわりされたら誰だって怒ります」
「それは、この一週間、お前がおれを避けたりするからだ」


 そう、これが本題だ。ここ最近、俺に対する池田の態度はおかしい。明らかに変だ。
 本題を切り出した途端、バツが悪そうに、池田は俺から目をそらす。


「おい、目そらしてんじゃねえぞ。お前、どうしてあからさまに俺を避けるんだよ」
「………別に、避けてるわけじゃあ……」

 モゴモゴと言葉尻を濁す池田に苛立ちの感情が湧く。

「あれが避けてないなら、一体なんだ」


 目が合えば即座にそらし、ばったり出くわせば、距離が近づく前に逃げられる。
 どう考えたって避けてるだろ、おい。

 池田は地面を見つめたままで、俺の方を見ようともしない。お互いに黙りこみ、このまま沈黙が続くかと思いはじめた時、池田が小さく口を開いた。


「……わからなかったんだよ」


 ぽろっと溢すように呟いた池田の声は、夕飯間近で人気の少ない中庭によく通る。


「………両思い同士の付き合い方ってのが、わからなかったんだ」


 絞り出したかのような小さな声。池田は相変わらず地面とにらめっこだが、今はその事がありがたい。
今の俺は、きっとアホ面だろうから。


「一週間前、アンタに……その、こ、告白。しただろ?」
「……し、したな。いや。さ……れた」
「んで、アンタは、お……俺も!って、言ってくれただろ」
「………あー……まあ、そうだな」


 俺と池田により、非常にしどろもどろな会話が紡がれる。さっきまでの自分はどこへやら、池田を直視できない。


 一週間前、池田に好きだと告げられた。

 それは突然で、最初は驚きの感情が何より大きかった。が、顔を真っ赤に、泣きそうな、それでいて真っ直ぐな目で俺を見据えてくる池田を前にして、口から出た言葉は「俺も」だった。
 好きだと自覚したのは、その時だ。池田が俺にやたらと突っかかってくる理由がわかったのも、俺が池田だけを相手にしてしまう理由がわかったのも、その時。
 ずっと、気になっていた。生意気で勝ち気でムカつく奴だけど、いつだって真剣で、真面目に頑張る姿勢や、笑った顔が案外悪くないところや。


「話したいことはたくさんあったけど、アンタの姿を見たら、どう接していいかわかんなくて」
「……だから、あの態度か」
「わかんないから避けるけど、でも、一緒にいたくて」
「で、あの妙に熱い視線か」
「は!?熱くねえよ!」
「いや、熱烈だった」
「うっさいな!もう………変な態度とって、悪かったよ」


 避けていたのは、俺も同じだ。

 何故、池田のおかしな態度を一週間も放ったらかしにしていたのか。話しかけようと思えば、避ける池田を追いかけてでも出来たはずだ。
 それをしなかったのは、俺も池田と同じ。両思いになって、アイツとどう接していいかわからなかったから。
 さすがに、こうも近づけない日が続くと、わからないまま行動に出てしまったけれど。


「俺も、悪かった」
「え、どうしてアンタが謝るんすか?」
「俺もお前と同じだったからだ」
「は?」


 きょとんと首を傾げる池田の頭に手を滑らす。日に焼け、少し傷んだ髪は、海や太陽を連想させ、いま触れている人物が池田三郎次なんだということを、手を通じ、じんわりと実感する。


「俺、お前のこと好きだよ」


 頭を撫でられ硬直していた池田は、いきなりの発言にさらに動揺したらしく、はあ!?と目を白黒させ、口をぱくぱくと動かしている。必要な時に動くらしい池田の思考回路の働きどきだろうか。


「はあ!?い、いきなり何言ってんだよ!」
「……お前、顔赤らめてんじゃねえよ!恥ずかしいだろうが!」
「赤くしてんのはアンタの方だろ!大体、恥ずかしいなら、どうしていきなりそんなこと言うんだよ!」
「無性に言いたくなっただけだ!もうゼッタイ言わねえよ!」
「え。い、言えよ!」
「言ってほしいのかよ!」


 変に気持ちが昂り、勢いにまかせ大声を出したものだから、お互いにぜぇぜぇとした息切れが続く。この状況が、どうしようもなくむずがゆい。恥ずかしいし、照れくさいし、今すぐこの場から消え去りたくなる。顔だけでなく、体全体が火照ったようにあつい。

 聞き慣れた鐘の音が学園に響いたのはその時だ。ゴン、と響きわたる、夕飯の開始を告げる鐘。


「……おれ、食堂行かなきゃ。左近たち待たすの悪いし」


 この場から去りたいと思っていたのは池田も同じらしい。鐘の音が、ここから立ち去る絶好の機会だと思ったんだろう。斜め下に視線をやり、ぶっきらぼうに話す池田に、おう、と一言、頼りない返事を返す。


「じゃあ……お先です」
「あー……おう」


 このまま戻ったら、この一週間と変わらない気がした。

 お互いに不慣れだから、訳がわからずに縺れ合って、なかなか上手くいかないけど。本当は、もっと一緒にいたい。


「池田!」


 まだ近い背中に呼びかけると、肩が小さく揺れたのがわかった。ゆっくり、こちらを振り向く池田は、精一杯いつも通りの表情でいたかったんだろう。が、頬は赤らみ、泣きそうな目で、何かを期待するように、俺の目を見てくる。正直、可愛い。


「今度の休み、一緒に釣りにでも行かないか」


 池田の目がきょとんと丸くなった。
 ……どうして、もっと気の効いた誘いが出来ないのか。町に行こう、茶店に行こう、他に色々あるというのに。


「釣り?」
「そ、そう。釣り!」


 こうなりゃ勢いだと意気込んでみる。もちろん釣りじゃなくてもいい。池田の行きたいとこで行ける範囲ならどこへでも!


「…………釣りなら、先輩に負けませんよ」


 にやりと笑う池田に、安心感がどっとこみ上げる。どうやら、誘いは受理されたらしい。


「って、今!お前、先輩って言ったか!?」
「うっさい」


 耳まで朱に染めた池田を見て、ぼんやり思う。

 コイツは、生意気で勝ち気で、『可愛い後輩』からかけ離れた、可愛さの欠片も見当たらない奴だ。が、『恋人』として考えると、すごく可愛い奴かもしれない。

 そんな池田を前に、胸の奥辺りから溢れでる想いを実感しつつ、次の休日が一日でも早く来たらいいのにと願った。




溢れる想いに万歳



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