創作 壱

□微の刻をかけ
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むくりと半身を起こし、探り当てるように手を伸ばす。

目当ての物はすぐに見つかり、つららはそれをしゅるしゅると静かに手繰り寄せた。

折り重なるようにして無造作に投げ捨てられていたそれは、幸い皺にはなっていない。

小さく安堵の息を漏らして次々と布団の中へ引き込んだ。

すると漸く一式を揃えたところで、隣の存在が短く声をあげる。


「ん、つらら・・・?」

「おはようございます、リクオ様」


寝ぼけ眼の主にゆっくりと微笑んでやれば、彼は瞼を擦りながらもおはようと呟いた。


「何時?」

「えっと・・・5時を15分ほど過ぎたところです」

「もう、起きるの?」

「えぇ、そろそろ」


だが、顔を半分ほど布団へ埋めたままの主はそんなつららの言葉に不満そうに眉ねを寄せた。


「お弁当?」

「はい」


主のためとつららが自然と笑みを浮かべれば、それを見たリクオはなんの前触れもなく、腕を伸ばし彼女の身体を布団の中へと引き摺り込んだ。


「若?」

「好きだよ・・・、つらら」


唐突に吐露された言葉。


「リクオ様?」


つららはクスクスと笑ってその身体を抱き返した。


「・・・なんで笑うのさ」

「いえ」


甘えるような様子が可愛らしかったから、などと言えば彼は益々眉を寄せるだろうから、つららは短く返事をするに留めてその腕に僅かに力を込めた。


「さ、リクオ様はもう少しおやすみくださいませ」


宥めるように囁き、腕を解く。


「つららは?」

「お弁当、腕に縒をかけて作りますから―――楽しみにしていてくださいね?」

「・・・つららのお弁当は食べたいけど、今日は購買でいいよ」


けれどリクオの口から出た台詞はそんなもの。

ぼそりと呟かれた言葉につららは不思議そうな顔をした。

だがすぐに仕方ないように苦笑して、彼の背中に手を乗せるのだった。


「怖い夢でも見ましたか?」

「・・・子供じゃないんだから」


リクオは唇を尖らせる。


「ただ、ここにいてほしいだけ」

「リクオ様」


本当に怖い夢を見たかは知れないが、つららは優しく微笑んでリクオを見た。


「ここにおりますよ・・・」


すると寝ぼけ眼であった彼は、背中に触れる規則正しいつららの手によって再び眠りの中をさ迷い始めた。


「おやすみなさいませ、リクオ様」


安らかな寝息を合図に、寝間着を纏ったつららは静かに主の部屋を後にした。






気を遣っている、というより自分に対し年長者として接する彼女の素振りが気に入らないわけではない。

けれど、気にかかるとそこばかりを懸念してしまう自分がいて・・・。






「リクオ様?」


黄昏時、その延長で耽っていたらどうやら会話に相槌を打ち忘れたらしく、つららが不思議そうに眉ねを寄せていた。


「ぁッ、ごめん、ボク―――」

「構いませんよ。お疲れのようですから、早めに湯掛の用意をしますね?」


そう言って、つららは立ち上がろうとする。

きっとその言動を質せば彼女は“リクオ様のため”と言って満面の笑みを向けてくるのだろう。

そこになんの躊躇いを抱いていないことすら、また問題なのだ。


「それは後でいいよ」

「え?でも・・・」


大人になりたいとか、大人の雰囲気なんて分からない。

けれどその年長者としての視線や言葉、行動がどうしても気になってしまって―――。


「つらら・・・」


だからつい背伸びをする。


「リクオ様?―――んッ、」


冷たい肩をとん、と押し、柱に預け唇を奪う。


「ハ・・・ァ、」


ゆっくりと唇を離し、華奢な身体を抱き込む。


「リクオ様・・・?」

「うん」


その体格もさほど変わらないけれども。

だからこそ、刻み付けたい、・・・刻み込みたい。


「部屋、行こう?」


耳元で囁けば、たっぷりと時間をかけて腕の中の雪娘はこくりと小さく頷いた。








 

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