創作 壱

□誰よりキミの
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『ほら、目立つとちょっと・・・恥ずかしいじゃない?モデルって言っても読者モデルだし・・・』

「そうかい?」

『う、ん・・・。これ以上目立つのはちょっとね。それに休みの日に清十字団の活動に出られなくなるのも嫌だから・・・』


電話の相手―――幼なじみの家長カナは口籠もりながらもぼそぼそと言葉を紡いだ。

夜半にかかってきた電話はまたも読者モデルの活動について。

例の如く妖姿となっていたリクオは、彼女の知る声音と悟られぬよう短く返事をするだけに留めていた。


『だからね、やっぱりこれ以上は遠慮しようかなって・・・リクオくんはどう思う?』

「オレか?オレは・・・」

「若ぁ〜♪」


深くは知らぬ話題への返答に困っていると、突如襖越しに声が響いた。


『・・・今、及川さんの声しなかった?』

「そ、うかい?」


カナの勘繰りにさすがのリクオも吃る。

しかしリクオが電話中であると知らぬ襖の向こうの声の主は、機嫌がよいのか軽やかな鼻歌を奏でていた。

そして、ピタリと足音が止む。


「失礼します!若〜、洗濯物です―――」


スススッと開かれた唐紙から現れたのは、愛おしい側近の彼女。

だが・・・。

電話機を片手に困った顔をするリクオに、つららはハッと口を噤んだ。


『ちょっと!リクオくん、どういうこと?及川さんと一緒にいるの!?』

「ぁ、いや・・・なんでもねぇよ、カナちゃん」


慌てて受話器を覆うも時既に遅し・・・。


「ッ、!・・・若、電話の相手は家長だったんですか・・・?」

『リクオくん!?』


片方からは捲し立てるような怒声、もう片方からは静かに流れるような・・・しかし確実に怒気を含んだ声音。

リクオは焦った。


『聞いてるの!?リクオくん!』


だがさすがにこのまま電話を切るわけにもいかない。

リクオはわなわなと奮えながら立ち尽くす側近に目配せをしながらも、受話器から聞こえてくる声に意識を集中させた。


「悪い、カナちゃん」

『どういうこと!?』


適当にあしらって早々に切り上げてしまおう。

そう結論づけて、リクオが溜息を吐いた時だった。


「若なんて知りませんッ!!」


ご丁寧に洗濯物だけは畳の上へと置いて、つららが脱兎の如く駆け出した。


「おいッ、つらら―――」


リクオは静止をかける。

が、感情に飲まれた彼女がそれを聞くはずもなく・・・。


「―――きゃぁッ!!」

「うわッ、・・・ね、姐さん!?」


部屋を飛び出したつららが小さな悲鳴をあげたかと思ったら、今度は見慣れた影が彼女を抱き込むところが見えた。


「大丈夫ですか?姐さん」

「ご、ごめんなさい、猩影くん!大丈夫?」

「オレは大丈夫ですけど・・・姐さんこそ怪我はないですか?」


どうやらつららが飛び出した先には偶然本家を訪れていた猩影がいたようで、彼はその腕を解きながらゆっくりと彼女の身体を立たせた。


「ごめんなさい、突然飛び出したりして・・・」

「いえ、何か急ぎの用ですか?手伝えることがあるならオレ、手伝いますけど・・・」

「ありがとう、でも大丈夫。特には―――」

「つらら」


笑みを向ける猩影を阻むように姿を現したのはリクオ。


「リクオ様・・・」

「ちょっと来い」


半ば無理矢理腕を引かれてゆくつららを唖然としながら見ていた猩影にリクオは一瞥くれると、悪いな、と短く言って襖を閉めた。


「あの・・・リクオ様、お電話は―――」


突然のことに驚きながらもつららが気になっていたこと。

それはリクオの手にした受話器であり、今はもう無機質な音で終話を知らせているそれ。


「切ったぜ」

「え!?」

「オレの側近は目が離せねぇからな」


おちおち電話もしていられねぇ、と口端を上げて笑むリクオ。

するとつららは気落ちしたように俯いて、けれどその表情にはきちんと不満げな色を浮かべて呟いた。


「・・・若がいけないんです、私に内緒で家長と電話なんてするから」

「つらら?」

「家長はクラスメイトですし、仕方のないことだとは分かっています。でも・・・あまり長話はしてほしくありません・・・」

「・・・」


これを他の女に言われたらどうだろう。

元より妖良組若頭に向かって意見する女など彼女くらいしか見当たらないが、最愛の女に悋気の情を見せられ喜ばない男はまずいない。


「仕方ねぇな・・・、つららは」

「・・・若も仕方ない、です」

「・・・どういうことだ?」

「私はリクオ様だけを見ています、ですからリクオ様も私だけを見ていてくださいッ!!」


そう叫ぶか否か、つららは駆け出し部屋を出ていってしまった。


「おいッ、つらら!?」


だがその声は虚しく響くだけ・・・。


「・・・言い逃げとは、いい度胸してるじゃねぇか」


リクオは吐き出すように呟くと、ゆらりと顔を上げた。

けれどその表情はどこか楽しげで・・・。

あの背中を追いかけ腕を伸ばし、その柔らかな体躯を捕まえることも悪くない。

ニヤリを笑みを浮かべたリクオは踏み出した。


「待ってろ、つらら・・・」


そして廊下の端には今尚忘れられたままの男一人・・・。








 

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