創作 壱

□見上げた空に賽は投げられた
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「あ、そいえば聞いたよ〜?つららちゃん、3年の先輩に告られたんだって?」

「え・・・、どこでそれを・・・」


つららにしては珍しく、その言葉に表情が険しくなった。

けれど格好のネタを手に入れた巻が見す見すそれを逃すはずもなく・・・。


「結構噂になってるよ?あの先輩、狙ってる子多いんだよね〜」

「そうそう!うちのクラスにも告白したけどフラれちゃった子がいて―――」

「そうなんですか」


巻と鳥居の言葉につららはさらりと言って、そして静かに立ち上がった。


「・・・及川さん?」

「ごめんなさい。私、用事を思い出したので帰りますね?」


脇に置いてあった鞄を掴みつららはにっこりと微笑む。


「倉田くん、さっきのこと、お願いね?」


珍しく清十字団の活動に顔を出していた倉田にそう声をかけると、つららは部室を出ていった。

静まり返った部屋にはドアの向こうの足音が響く。


「・・・なんか、怒らせちゃったかな」


巻は静かに閉まった戸を見つめ呟いた。


「どうしたんだろう・・・」

「ん?どうしたんだい?マイファミリー!!」


そしてそんな微妙な空気を察しないのは、インターネットによる妖怪検索に夢中で事に我関せずであった清継。


「及川さんにも、思うところがあるんじゃないかな・・・」

「カナ?」

「なんだか、分かる気がする・・・」


似たような境遇にある彼女にも通ずるところがあるのだろう。

カナは静かに呟いた。


「・・・そっか」


そんな三人の会話を、リクオは黙って聞いていた。






「青!」


帰宅すると、青田坊は前掛けをして廊下を向かいから歩いてくるつららに呼び止められた。


「さっきはありがとう。悪かったわね・・・若の護衛、任せちゃって」

「いや、別に構わねぇ―――」

「つらら」


そこに、二人の言葉を割るように彼らの主が通りかかった。


「おかえりなさいませ、リクオ様」

「うん、ただいま」


先、帰宅したところを玄関先で他の組員と共に出迎えても尚、面と向かって律儀に挨拶をする側近にリクオは微笑んだ。


「つらら、ちょっと話があるんだけど・・・いいかな?」

「え?あ、はい!」


つららは元気よく返事をしながらも、その表情には不思議そうな色を浮かべていた。






リクオの部屋。

つららは外した前掛けを膝に乗せながら、神妙な面持ちでいた。

話があると言われ来てみたが、その“話”に全く検討がつかなかったからだ。


「あの・・・リクオ様、お話とはなんでしょうか・・・」


主の言葉を待ちきれず、つららは自ら切り出した。


「つららは・・・」

「はい」

「・・・ボクの護衛、嫌じゃない?」

「・・・え?」


たっぷりと間を置いて、つららは素頓狂な声をあげた。


「あ、あの、リクオ様・・・?」

「ボクに直接言いにくいなら、カラス天狗に話して護衛の任を解いてもらっても―――」

「リクオ様ッ!?」


驚愕のあまり乗り出した身体からパサッと前垂れが落ちたが、そんなこと今は構っていられなかった。

手指が震える。


「どういう、意味ですか・・・?」

「え?」

「何かッ・・・何か失態がありましたか!?何を、あの、私ッ」

「ちょ、ちょっと落ち着いて、つらら」

「こ、これが落ち着いていられますか!!あぁ、私は何を―――」

「つらら!!」


リクオは声を強めた。


「待って、違う」

「・・・え?」


潤んだ瞳でつららはリクオを見返す。


「今日の放課後、巻さんに・・・言われただろ?」


何を、とは言わずリクオは問い聞いた。


「・・・はい」

「お前がボクの護衛をしていることで、その・・・ああいう告白をされるなら、無理して護衛をしてくれなくても―――」

「違いますッ!!」


つららは、叫んだ。


「つらら・・・?」

「リクオ様の前で・・・いえ、リクオ様に知られたくなかったんです」

「え・・・?」

「告白、なんて・・・お慕い申し上げている方に知られて嬉しいことではありません!」


膝の上に置かれた指先が、きつく着物を握る。


「つらら」

「知られたくなかったんです、リクオ様には!」


泣きそうな表情で胸中を吐露するつららに、リクオは唖然としたように呟いた。


「そ、っか・・・、ボクはてっきり・・・告白されることが嫌だったんだって―――」

「それも嫌ですよ!ですがそれをリクオ様に知られることのほうがもっと嫌なんですッ!!」


つららは吐き出すように言った。


「知られずに済むと、思ったのに・・・」

「つらら・・・」


俯くつららの瞳はきつく閉じられ、唇は噛み締めるように結ばれていた。

それを見て、リクオはゆっくりと歩み寄る。


「つらら」


そして鬱血して青白くなったつららの指先に、己のそれを重ねた。


「つららの気持ちはよく分かったよ。・・・でもね、つらら。ボクは、お前が思うこと、全部話してほしいんだ」

「・・・え?」

「嬉しかったことも、辛かったことも全部」


言って、その細い身体を抱きしめる。


「全部、聞いてあげるから」

「ッ、・・・リクオ様ッ」


それはどれほど心強い言葉だろうか。


「ごめんね、つらら」

「ッ、」

「気づいてあげられなくてごめん」

「そんなッ!若の所為ではありません、私が勝手に―――」

「もう二度と、お前に辛い思いはさせない」


確固たる意志のもとで発された言葉は強く、揺るぎのないものだった。






「そういえば、その告白してきた先輩の名前、覚えてる?」

「え?あ、えっと、確か―――」

「牽制、しておかないとね」

「リクオ様?」


楽しげに呟かれたリクオの言葉を、つららが理解することはなかった。








 

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