創作 壱

□だから側にいて
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「リクオ様なんて・・・もう知りませんーッ!!!」


今日も平和に奴良組本家に響く元気な声・・・ではなく怒鳴り声。

池の河童は胡瓜を囓り、炊事場の毛倡妓は欠伸をし、納豆小僧は鼻歌を。

誰一人としてその鳴り響いた金切り声に耳を傾ける者はいなかった。

ただ一人、傾けざるを得なかった者を除いては・・・。






屋敷のとある一室。

そこに妖姿の奴良リクオはいた。


「おい、つらら。話を―――」

「もう知りません!」

「・・・確かに昨日は化猫屋に行ったが、オレは別に疚しいことは―――」

「もういいんです!私には関係がありませんからッ!」

「おいおい・・・」


ぷりぷりと怒って出ていこうとする側近―――つららの手を掴み、リクオは溜息を吐いた。


「お前がどこで何を聞いたかは知らねぇが、もし何かを勘違いしてるんならそれは誤解だ」

「ご、誤解って!・・・ではお聞きしますがリクオ様、昨晩はどなたとご一緒にお酒を召されたのですか!?」

「だから昨日は良太猫の所で一人で―――あ、」

「・・・漸く思い出されましたか」


つららは静かに呟く。


「いや、待て、あれは―――」

「聞くところによると、随分前からリクオ様をお慕いになられていた方のようで」

「お前ッ、どこでそれを―――」

「それも昨日はリクオ様がいらっしゃると聞き付け、遠方から遥々お越しになられたそうではないですか」


ふふふ、と着物の袖を弄びながら口元を楽しげに歪める姿はもう雪女のそれでしかない。


「どうせならば屋敷にお呼びになられたほうがよろしかったのではないですか?先方もぜひ今後も宜しくしたいと仰っていたようですから?」

「だから誰からそれを―――」

「桃色の着物がよく似合う可愛らしい女性だったではないですか。リクオ様を見つめる視線も本当に深くお慕いしているのだとよく分かる―――」

「つらら、お前・・・」


その口ぶりは明らかに、その目で見ていたのであろうそれ。


「なんて!冗談ですよ♪」

「・・・は?」


リクオの間抜けな声につららは穏やかな笑みを浮かべる。


「翼下問わず広く親交を深めることは今後の奴良組にとっても大きな意味を齎しますし、その力で多くの者を率いる・・・さすが魑魅魍魎の主となられるお方、尊敬します!」


つららは瞳を輝かせて賛美の言葉を並べた。


「ではリクオ様、私は夕餉の支度がありますのでこれで―――」

「つらら」

「ハゥワッ!!」


膝をあげたつららの着物の袖をリクオが掴むと、いつしか聞いた言葉で彼女は畳の上へと勢いよく倒れ込んだ。


「リ、クオ様・・・?」


どうやらバランスを崩して額を打ったらしい。

赤くなったそこを摩りながら、つららは涙目で問いた。


「話せ、全部。お前が思ってること」

「・・・はい?」

「聞いてやる、だから全部話せ」


リクオは有無を言わさず小さな身体を抱え込んだ。

途端、腕の中のつららがジタバタと暴れる。


「何、を・・・仰っているのか、私に、はッ・・・」

「いいから話せ」


凜とした音吐。

背後から抱え込んでいる所為でその表情は窺い知れなかったが、ピタリと止まった動きに彼女が観念したのだろうことだけは悟った。


「睦まじそうなご様子で・・・」

「・・・あぁ」

「化猫屋の女人も、二人はお似合いだと口々に・・・」

「あぁ」

「・・・寂しかったんですッ!!」


認識する間もなく、身体を反転させガバッと背中に腕を回された。


「私の目から見てもとてもよくお似合いになっていて、リクオ様を・・・」

「あぁ」

「・・・どこにも行かないでください、リクオ様ッ!!」

「つらら・・・」


彼女がこれほどまでに自分に対し感情を露にしたことがあっただろうか。

リクオは小さな滴に濡れる唇を掠め取る。


「似合いなんて誰だ決めたんだ?それを決めるのはオレじゃないのかい。化猫屋の奴らだってみんな世辞だ、人を煽てることが得意な連中だからな、一々本気にしてたら身がもたねぇ。第一慕ってると言われても会ったのは昨日が初めてだ、正直どこを信じればいい?」


リクオは笑った。


「お前の気持ちは分かった。悪かったな、不安にさせて」

「・・・いえ、私も側近の身でありながら厚かましく―――」

「側近は焦がれちゃいけねぇのかい?ならお前は今日でオレの側近から外れるんだな」

「え!?リクオ様ッ!?」


これでもかというほど目を見開き、驚愕に震えるつらら。


「お前は面白いな。夫婦だ夫婦、側近としてじゃなく嫁として、未来永劫オレの側にいろ」

「よ、よ・・・えッ、リ、リクオ様!?」

「驚きすぎだろう」


ククッと笑うリクオが、思いがけず好機を得たと苦笑したのは言うまでもない。








 

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