創作 壱

□さくら狩。
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「つらら」

「リ、リクオ様!?」


夕暮れ。

炊事場で夕餉の支度をしていたつららは、突然姿を見せた人物に驚きの声をあげた。


「どうされました?」


慌てて手巾で手を拭い、前垂れを揺らしながらつららが駆け寄る。


「支度はいいのか?」

「はい、粗方済みましたから。何か用向きですか?」


妖姿となったリクオは戸の枠に背をあずけ、腕組みをしながらこちらを見ている。

彼が自ら炊事場へと出向くことは珍しかった。


「夕餉までにはまだ時間がありますから、燗でもしましょうか」

「いや、ちょっと待て」

「はい?」


酒の並ぶ棚に向かおうとしたつららに待ったをかけたのは、もちろんリクオ。

その顔は、不思議そうに真ん丸となったつららの双眸を見つめている。


「忘れてるのか?」

「はい?何をでしょうか」

「・・・」

「若?」

「部屋に来るように言ったのはオレの勘違いか?」

「・・・ハワッ!!」


頓狂な声。

だが考え及んだら早かった。

確かに帰宅後すぐに彼の部屋に向かうよう、言い付けられていた。

正確には昼の彼に、だが。

つららは目をとぐるぐるさせ、手足をばたつかせながら慌てふためく。


「夕餉の支度があったんだろう?」

「え?あ、はい・・・着替えをしていたら毛倡妓に呼ばれて、それで・・・」

「オレは昼ほど心は狭くないからな、今からでも構わねぇ。・・・行くぜ」

「え、リクオ様ッ!?」


ニヤリと笑んだリクオにつららは連れ立たれる。

なぜ呼ばれたかも分からないつららの混乱に、そんなリクオの態度は拍車をかけるだけだった。






「つらら・・・」

「はい・・・?」


部屋に入るなり、やたらと妖艶な声吐で名を呼ばれ、顎先を捕われては無理矢理上を向かされた。


「リクオ様・・・?」

「桜は好きか?」

「桜、ですか?・・・えっと、好き・・・です」


脈絡のない問いではあったがつららは答える。

つい先も、帰り道にある見事な桜木と、その花弁が彩る淡紅色の流水に心奪われたばかりなのだ。

あまりの絶景に些か浮かれ騒ぎすぎてしまい、昼の彼に咎められてしまったことはまだ記憶に新しい。

そう、その時言い付けられたのだ。


“・・・つらら、帰ったらボクの部屋に来てね”


と。

そして不思議に思ったつららは、彼に用件を宿題か何かかと問いた。

するとにっこりと笑ったリクオは―――。


“うん。そう思っていてくれていいよ”


そう、言ったのだ。


「オレは?」

「はい?」


唐突にリクオが言うから、つららは調子外れな声を出した。


「オレは好きかと聞いてる」

「・・・えぇぇッ!!?」


一瞬の間を置いて、つららは畳の上を凄まじい勢いで後退した。

擦った着物の尻が気掛かりだ、懸念するのはリクオ。


「そんなに驚くことかい?」

「お、驚きますッ!」


つららは顔を真っ赤にさせ半ば叫ぶように言った。

なんの前触れもなく己の恋情を、それも本人に聞かれたのだ。

驚駭以外のなにものでもない。

前触れがありそれなりの情緒があったとて心の準備が必要なことだというのに、目の前の主は一体何を考えているのだろうか。


「で、どうなんだ?」


リクオはずいっと前のめりに詰め寄る。

その距離を縮めまいと、またもつららは尻を引き摺って後退った。


「・・・どうして逃げる?」

「ど、どうしてもですッ!!リクオ様こそ・・・どうされたんですか?」


胸に手を当てつららは警戒心を露にする。


「なに、ただの悋気だ」

「り、悋気!?何をッ、・・・いえ、何にですか?」

「そうだな・・・、強いて言うなら桜の花に、か?」

「桜・・・ですか?」


つららは不思議そうな顔をする。

いつの間にか眼前に迫っていたリクオの身体も気にならない様子で、その言葉に首を傾げていた。


「まぁ、そんなところも好きなんだけどな」

「す、好き!?」

「あぁ」


リクオは大して気にした様子もなくしれっと答えた。

対してつららは気恥ずかしさからなのか、口元を覆う指先をわなわなと震わせているというのに。

そして唐突に、その手をリクオが掠め取った。


「若?」

「安心しきっているところ悪いが、仕置きはこれからだぜ?つらら」

「仕、置き・・・?な、なぜですか!?」

「それも理由の一つだよ」

「へ?」

「たっぷりと可愛がってやる」

「わ、若ぁ?」

「覚悟しておけよ?つらら」

「ヒィッ!!」


触れ合いそうになる鼻先に確かな吐息を感じる。


「桜も、オレ以外の奴も、何も見えないようにしてやる」


最後にそんな恐ろしい言葉を囁き、つららの視界をリクオの白銀色が染めるのは一寸先のこと・・・。








 

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