創作 壱

□桜狩。
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「失礼します」


スッと開かれた唐紙から見慣れた真白い着物が覗く。

主の部屋へと入ったにも関わらず、肝心のリクオを見ようともしないつららは、ただ彼の側に置かれた湯呑みだけを一点に見つめていた。


「お茶がまだでしたね!今すぐ―――」

「いいよ、とりあえず座って」

「・・・ええと」

「いいから」


顔はにっこりと笑っているのに、言葉は有無を言わさぬそれ。

つららは込み上げる恐れをどうにか飲み込むと、改めて彼へと向き直った。


「さっきは楽しそうだったね、つらら」

「さっき・・・ですか?」

「うん、さっき」


つららは伸るか反るかでしらばくれてみたが、どうやら彼には無効のようだった。

机に座っていたリクオはそれはもう楽しそうに笑みながらつららの座す畳へと歩むと、彼女の前にゆっくりと腰を下ろす。


「帰り道だよ」

「あ、えぇ・・・桜、綺麗でしたね」

「そうだね、すごく綺麗だった」

「・・・はい」

「周りも忘れて見とれちゃうほどにね?つらら」

「ッ、」


蛇に見込まれた蛙。

つららは消え入りそうな声でどうにか呟いた。


「は、い・・・」


分かっている。

なぜ自分がここへと呼び出されたのか。


「その様子だと、どうしてここへ呼ばれたのか分かってるみたいだね」

「ぁ、いえ」

「多分当たってると思うよ?つららの予想」


すごいね、なんて褒められるように髪を撫でられても、嬉しさは先に立たない。

むしろ逆だった。


「・・・」


学校からの帰り道。

それは見事な桜木と、その花弁が彩る淡紅色の流水につららは心を奪われた。

だがあまりの絶景に場所も忘れ、僅かに浮かれ騒いでしまったことがいけなかった。

彼に咎められ、その場でこう言い付けられたのだ。


“・・・つらら、帰ったらボクの部屋に来てね”


それを不思議に思い、用件は宿題か何かかと問うと、返ってきた言葉はあまりに軽い調子のもので。


“うん。そう思っていてくれていいよ”


彼はにっこりと笑って、最後にそう言ったのだ。


「いいんだよ?桜に見とれても。ボク、つららのそういうところ好きだから」

「す、好きッ・・・ですか!?」

「うん」


なんの躊躇いもなく、何気ないことのように言ってのけてしまう彼。


「でもね、つらら」


口角を上げてつららを見つめるリクオの手指が、スッと伸びてきて彼女の頬に触れた。


「ちょっと無防備すぎるんじゃない?」

「ッ、」


囁きながら、頬を離れた指先はつららの下肢を覆う着物を弄る。

そのまま肌をなぞるように腿へと滑り、付け根ぎりぎりの辺りを辿った。


「制服のスカートは着物と違って丈が短いんだから、気をつけなきゃだめだよ」

「わ、若ッ・・・」

「見られてもいいの?・・・つららの、ここ」


わざと強調するように言った瞬間、リクオの指がその感触を確かめるようにするりと這った。


「若ッ!」

「それと青田坊」

「え・・・?」

「楽しそうだったね、二人で」

「若・・・?」


リクオの口元が歪む。


「妬けるね、本当」

「青はッ、そんな・・・!」

「うん、知ってる」

「・・・え?」


今度はなんの汚れもなく、無垢そのものの笑みを浮かべてリクオは愛おしそうにつららの頬を撫でた。


「・・・仲間にまで妬くなんて、情けないね」

「・・・」

「でも分かってよ、つらら。それくらい、ボクはつららが好きなんだ」

「若・・・」


一瞬だけ見えた悲しげな笑みは、気の所為だったのだろうか。

つららは渇いた口内を潤すように、短く息を飲んだ。


「私も、同じです・・・」

「え?」

「若が・・・帰りに家長と楽しそうに話しているところを見て、淋しかったんです。若が他の誰かと笑っていると苦しいです、嫌なんです・・・」


つららは俯いていた顔を上げ、言った。


「好きです、・・・私もリクオ様が好きですッ!」


すると―――。


「・・・うん、知ってる、よく知ってるよ」

「若・・・」


名前を呼べば、ぎゅうっときつく抱き締められた。

それは身体の隅々までをも逃がさんとするような、荒く、それでいて酷く優しげな手つきで。


「時々、こうやってぶつかることもあると思うけど―――」

「その時は、またこうすればいい・・・ですよね?」


リクオの腕の中で、つららが笑った。

どちらともなくクスッと小さく微笑み合い、そしてその唇は、やがてゆっくりと重なり合うのだった。






「よし、そろそろお仕置きにしようか?」

「わ、若ぁ!?」








 

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