創作 壱

□宵居の、
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今日も無事に学舎での生活を終え、あとは帰路を残すのみ。

自然と弾みそうになる歩調をどうにか抑えて、つららはゆっくりと歩を進めた。

振り返れば、そこには楽しそうに笑う幼なじみと肩を並べる己の主の姿・・・。

胸がチクリと痛みを生むが、つららは気にしないようにそこから視線を外した。

そしてそんな彼女の心を動かすのは、視界を覆うほどに、町をいっぱいに彩る桜色。


「わぁ・・・」


つららは駆け出す。

視線の先、緩やかな流れの川に浮かぶは無数の桜花。

それはまるで薄紅の敷物のようだった。


「綺麗・・・」


四季に彩られる流水。


「どうした?」

「青!」


振り向けば、主の後ろを歩いていたはずの青田坊がいつの間にか隣に並び不思議そうにこちらを見ていた。


「見て、青!凄く綺麗よ、水上から桜の花弁が流れてきているの!本当に・・・とっても綺麗。毛倡妓にも見せてあげたいわ・・・」


場所も忘れ、本来の名を連呼するつららはほうっと息を吐く。


「あぁ、そういやぁこの間も本家の池を―――」

「そうなの!屋敷の庭の桜も本当に綺麗で、ついつい見惚れちゃうわ」


女は男の自分達には分からぬところに興を見出だすものだ、と桜木の下の女衆の姿に黒田坊とそう語らったのはつい先日の出来事。


「でも屋敷の池には河童がいるから、いつまでも眺めているわけにはいかないのよ」

「だろうな」


つららは僅かに残念そうに、けれど至極楽しそうに笑った。


「本当に綺麗・・・」


つららは欄干に足をかけ、降り注ぐ桜吹雪に手を伸ばす。


「おい、危ッ―――」


欄干と川との差はさほど大きくないが、背の低い彼女が身を乗り出すと必然的に足が宙に浮く。

危なげな態勢に加え、普段から注意の散漫が目立つ彼女。


「おい・・・」


青田坊は仕方なく溜息を吐いて、つららの肩に掛かる学生カバンを引いた。


「わッ!・・・ちょっと、青!何するのよ!」

「おいッ、」


危ないじゃない!と、憤慨するつららに青田坊は呆れたように眉ねを寄せる。

そんな二人の背に、突然降りる影―――。


「何をやってるの?二人で」


「リクオ様!」


凜とした声音に気づかず、つららは表情をぱあっと緩ませると、主へと駆け寄った。


「えっと、リクオ様・・・?家長は―――」

「カナちゃんなら撮影があるからって、もう別れたよ」


リクオはしれっと言ってのける。


「ま、まぁ!申し訳ありませんッ、私ったら若をお一人に―――」

「大丈夫だよ。別れたって言ってもすぐそこだから」


一人、ハワワッ!と慌てるつららにリクオは畳みかけるように言う。


「そんなことより、つらら」

「はい?」

「欄干に昇るなんて危ないだろ・・・スカート、捲れてる」

「へッ!?」


驚くつららを待たず、リクオの手が一瞬スカートを撫でた。


「気をつけてよ、つららはドジなんだから・・・、落ちたらどうするの」

「だ、大丈夫です!気をつけていましたから、それに青もいましたし!ね、青?」

「青・・・?」

「はい!」


胸を張って言う彼女に、主の背後に控えた青田坊が溜息を吐いたのは言うまでもない。


「そう・・・」

「はい!」


言葉を返されたことが嬉しかったのか、つららは満面の笑みを浮かべ返事した。


「それより見てください、リクオ様!すっかり桜時となりましたよ」

「え?・・・あぁ本当だ、綺麗だね」


情趣を目の前にすれば彼もすっかり心を奪われたようで、感嘆の溜息を漏らした。


「若、そろそろ―――」

「そうだね、帰ろうか」


青田坊の言葉にリクオは歩き出す。


「え!?リ、リクオ様ッ!?」


突然引かれた腕に驚きながら、引き摺られるようにして後を追うつらら。


「・・・つらら、帰ったらボクの部屋に来てね」

「え?あ、はい。宿題か、何か・・・ですか?」

「うん。そう思っていてくれていいよ」


リクオは優しげな笑顔で笑う。


「リクオ様・・・」

「どうかした?青」

「あ、いえ・・・」

「そう?あ、分かってると思うけど、ボクの部屋には誰も近づけないでね」

「・・・はい」


青田坊は主の顔を見ることなく短く返事をすると、音もなく後ろへと退いた。


「つらら、明日は土曜日だから学校も休みだよ。よかったね」

「はい、お天気もよいみたいですし、観桜日和ですね!」


それぞれの思惑により噛み合わない笑顔を向け合う二人。






そんな二人の今宵の恋慕事は、また別のお話として・・・。









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