創作 壱
□月に叢雲 花に風
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一昨昨日―――。
廊下で湯浴み後の彼女を捕まえたはいいが、次いで自室に連れ込もうとしたところを時機よくカラスに見つかった。
一昨日―――。
昨日の経験を生かし、予め部屋に来るよう彼女に言い付けておけば、今度は予期せぬ来客(しかも彼女に好意を寄せているであろう人物)への接待が入り、急遽予定は破約、本人から至極恐縮した様子で頭を下げられてしまった。
昨日―――。
三度目の正直、来客の予定も確認し諸事万端、さぁ来いと待ち構えていたら彼女―――ではなく、彼女に通された義兄弟が来てしまった・・・弱い身体を押してまで自分のもとを訪れてくれた彼を無下にすることもできず(頼んではいないが)渋々酒を酌み交わせば刻は丑。
そして今日。
目の前には待ち侘びた愛しい彼女。
今すぐにでも押し倒してしまいたい衝動をどうにか抑え、リクオは平常を装ってその流れるような髪を梳いた。
「つらら」
「リクオ様・・・」
彼女自身、これから始まる甘美な情交を少なからず意識しているのだろう。
ほんのりと、頬を桜色に染め微かに恥じらいを見せながら、しっとりと視線を畳に落としていた。
その手を取って、甲へと小さく口づける。
啄むような触れ合いに、つららは擽ったいのか僅かに身を捩った。
「とても久しいように感じます・・・」
「あぁ」
答えながらも、彼女が自分との触れ合いの中に過ぎ行く時の流れを感じていてくれたことに嬉しさを感じた。
「色々と邪魔が入ったからな」
「先達ては・・・とても残念そうなお顔をされていましたね」
「当たり前だろう。お前は口惜しくなかったのかい?つらら」
「そうですねぇ・・・」
小首を傾げてわざとらしく考え込むような素振り。
分かっていても、それに確かな焦れを感じる自分がいてリクオは苦笑した。
「ですが今は、・・・幸せです」
そう言って、つららはリクオの肩にそっと身体を預けた。
流れる銀鼠と濡羽色が生み出す鮮やかな対比。
「・・・反ってカラスや鴆に感謝しろってことか?」
「ふふっ、そこまでは。ですが長くこうすることができなかったので・・・一層尊く、感じられるのでしょうね・・・」
小声で呟きポッと頬を韓紅に染め、つららは視線を逸らした。
「お前は・・・」
「え?」
ハァと深く溜息を吐き頭を垂れるリクオに、つららは不思議そうな顔をした。
「若?」
「お前だけじゃない、・・・オレも同じだ」
お前に触れたかった・・・、その言葉を合図に二人の唇がゆっくりと重なる。
微かな吐息さえ逃さぬように、搦め捕るような口づけ。
「ん・・・」
口唇の柔らかな粘膜を舌先でなぞり、ゆっくりと割り開く。
遠慮がちに潜められていたものに己のそれを触れ合わせ、優しく吸った。
「はぁッ・・・、」
僅かに空いた隙間から空気を取り込み喘いだ隙に、リクオはつららの露になった鎖骨に指先を這わせた。
そしてそのまま、短衣を下ろす。
否、下ろそうとした―――。
「リクオ様、失礼いたします」
突如、襖障子の向こうから聞こえてきた慇懃な声音。
首無だ。
「リクオ様?」
「あ、あぁ・・・聞こえてる」
「失礼いたしました、カラス天狗様からの言づてで緊急に寄合を行うと―――幹部の皆様は既にお集まりになっております、リクオ様も直ちにご準備ください」
顰めようと動かした眉さえも引き攣るほど身体は正直で。
「・・・分かった」
「お願いいたします」
「あぁ」
平常であれば主の身支度を整えようと入室を請う彼が、今日に限ってはそそくさと退去してしまった。
まるで自分が入用ではないと悟っているかのように・・・。
「・・・」
最後の言葉が酷く遠慮がちであったことはこの際忘れてしまおう。
「悪いな、つらら」
「いいえ。それより急がねばなりませんね」
「あ、あぁ・・・」
さすがと言うべきか。
一寸の暇もなく素早く立ち上がったつららは、衣架に掛かった羽織をリクオの背に回した。
「悪運続きだな・・・」
ここまでくるともう笑うしかない。
「若頭であられるのです、仕方がありません」
「けどなぁ・・・」
それでも未だに納得のいかぬ様子で羽織に袖を通している主に、つららは苦笑した。
「リクオ様」
「どうした?つら―――ッ、!」
刹那。
頬を掠めた感触。
爪先を立て、にっこりと微笑む彼女。
「明晩、もう一度こちらにお伺いしてもよろしいですか?」
いつだって、彼女のほうが一枚上手なのだ。
「・・・聞かなくても、分かるだろう?」
最後にもう一度だけ唇を触れ合わせ、二人は部屋を後にした。
了