創作 壱

□管鮑の交わり
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「つららは・・・昼のボクと、夜の・・・ボク、どっちが好き?」


それは溜め込んで溜め込んで。

漸く吐き出した言葉だったのだろう。

探るように答えを求めるその表情は酷く切なげであるのに、そこには確かな安堵の色さえ見て取れた。

女は畳に衣擦れの音を残し、男の肩を引いてそっと抱き寄せる。


「その問い、聞き過ごせませんね」


自分の中に抱えるもう一人の存在。

対話さえできてしまうそれは、彼の胸中に深く巣くうのだろう。

当人しか分からぬ葛藤。


「けれどリクオ様。今、あなた自身が“夜のボク”と、しっかり仰ったではありませんか」


女はゆっくりと背を撫でた。


「ただあなたが昼の時間と夜の時間を過ごされているだけのこと。ほんの少しお姿が変わるだけで、私達となんら変わりはありません。それに―――」


手を離し、その顔を真っ直ぐに見つめる。


「あの太陽が沈み、いつもと寸分違わずこの空に月が昇る時、きっとあなたはまた同じ気持ちを抱かれるはずです。思う時間が異なるだけで考えていることは一緒なのです、昼の刻も夜の刻もあなた自身なのですから」


女は穏やかに笑む。


「どちらか、なんて選べるはずがありません。それを求めることは酷というものです。“どちらか”でも“どちらも”でもなく、あなたは一人しかいないのですから、答えは“リクオ様”ですよ」


あなた自身をどうして比べられましょうか、と女は言った。


「・・・怖いんだ。夜のボクは強くて、百鬼夜行を率いていて、ボクが持っていないものをたくさん持っていて・・・身体が一つしかないことはボクが一番よく分かってるよ、夜のボクもボクなんだって分かってる、けど・・・朝起きた時、みんなが誰を見ているのか、知るのが怖いんだ・・・」

「どうして二つに分ける必要があるのですか。あなたのその強さはあなたの思慮深さがあってこそ、あなたの力で築いた百鬼夜行は太陽が沈まなければあなたについてゆかないのですか?違うでしょう。もしそのようなお考えで、主であるあなたが私達百鬼夜行を見ているのならば、それは私達に対する―――」

「ち、違うッ、つらら!そうじゃない!ボクはそんなんじゃ―――」

「えぇ、分かっていますよ・・・」


縋るように伸ばされた指先を、女は自分のそれで掴んだ。


「その言葉だけで、私達百鬼夜行は救われます。あなたであるからついてゆこうと、お守りしようと思うのです。どちらか、などと意味の無い考えを持っている者は、一人としてこの百鬼夜行にはおりません」

「ボク、は・・・」

「あなたがあなた自身を信じればよいのです」


ただ、それだけのことです、と女は笑って、触れ合っていた指先を静かに離した。

男のそれは自然と膝の上へと戻ってゆく。


「昼のあなたと夜のあなた、どちらが好きかと仰いましたね?あなた自身にしか知り得ぬことです、不安になることもありましょう」

「・・・」

「その度、私はこう言います。―――あなたを、愛している・・・と」


頬に添えられた手はひやりとし、男は肩を震わせた。

声ともならぬ声が、触れ合った唇に消える。

何度も角度を変え、口唇をなぞるような口づけ。

やがてそれはどちらともなくゆっくりと離され、男の身体はくたりと女の腕の中。


「ありがとう、つらら。ボクもつららが好き、だ・・・」






呉牛、月に喘ぐ。

あなたが煌々と輝くそれに恐れ慄くのならば、私は何度だってそれが月だと説こう。

いつか、大地を照らす太陽を美しいものと尊べるように・・・。








 

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