創作 壱
□曲がり曲がって
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ハァ、とつららは今日何度目かの溜息を吐いた。
場所は校内の女子トイレの鏡の前。
映る自分の表情は世辞にも華やかとは言えなかった。
眉は寄り、瞳は半眼、尖る口唇。
「ハァ・・・」
そしてまたしても繰り返す溜息。
それでもいつまでもこうしているわけにもいかないと、つららはふらふらと覚束ない足取りで廊下に出るのだった。
「本当、嫌になっちゃう・・・」
「細ぇことを気にしすぎじゃねぇのか?」
待ち構えていた倉田―――もとい青田坊に並び歩き出すと、意図せず漏れた呟きに彼が至極真っ当な答えを返してきた。
それでもこの気持ちに収まりがつかないから困っているというのに。
「・・・青には分からないわよ」
「確かにな、けどなぁ若のあれは今に始まったことじゃねぇだろう」
「それも分かってるのよ」
ぷいっ、とつららは顔を逸らす。
「・・・お前は若が人間の奴らに好かれることが嫌なのか?」
「嫌なわけないでしょ・・・」
「だったら仕方ねぇだろう」
「・・・そう割り切れないから悩んでるんじゃない」
つららはぽつりと呟いた。
文字通り“良い奴”こと、奴良リクオ。
日直の仕事や割り当てのない校庭の掃除から、はたまた昼食の買い出しまで。
他人のために惜しむことなく時間や労力を費やす彼は、色々な意味で有名だった。
よくやる、と周りが感心しているだけならまだ可愛い。
それが本人の意思に関わらず別の意味での“関心”に変わってしまう時があることを、彼は知らなかった。
現につららは耳にしていた。
“良い奴”を越えた、異性の彼に対する関心の声を・・・。
「誰に対しても分け隔てなく接するお姿は本当に尊敬するし―――」
つららはどこか遠い目をしている。
「さすが、総大将になられるお方・・・ご立派だと何度心動かされたか分からないわ」
「・・・」
「だからこそ、そんな若にこんな邪な考えを抱いている自分が嫌なのよ。本来であれば誰よりもあの人を尊ばなければいけないのに・・・」
つららはいよいよ俯いてしまった。
「分からねぇな・・・」
「・・・いいわ。話を聞いてもらえるだけで楽になれるから」
口が裂けても本人には言えない。
側近の身で何を勘違いしているのだと、罵られるのが関の山なのだから。
「辛いなら代わってもらえ、と言いてぇところだが・・・お前のことだ、どうせそんな考えはないんだろうよ」
「さすが青、よく分かってるじゃない」
自嘲するようにつららは小さく笑う。
だから困っている、と先と同じ言葉を飲み込んだ彼女に青田坊は痒くもない頬を掻いたのだった。
「着いたぜ」
「えぇ」
つららは息を吸った。
「―――リクオくんッ!」
一呼吸ついて、教室の中にいる主を呼ぶつららに青田坊はギョッとした。
その声はいつもと変わらないそれ―――。
女は強い。
「若ぁ、お弁当の時間ですよ〜♪」
「ありがとう、つらら。あれ、珍しいね・・・青も一緒?」
「えぇ、まぁ・・・」
主が言うから青田坊は曖昧に言葉を濁した。
思い悩む片割れが頼りなく思わずついて来てしまったとは言えない。
なんせその原因は他でもない、目の前の彼にあるのだから・・・。
「リクオ様、今日はお天気もよいので屋上に行きましょう?リクオ様の好きなものをたくさん―――」
「リクオくん!時間だよ、行こう?」
言いかけたつららの声を遮るようにかけられた言葉に、青田坊は危うく卒倒しそうになった。
「ごめん、カナちゃん、今行くよ!」
「私もお弁当だから、一緒に食べよう?」
幼なじみの家長カナがこちらに視線をくれながら言う。
「若・・・?」
「つらら、今日はカナちゃんの委員会を手伝うからお昼は一緒に食べられないんだ、ごめん」
「え?ぁ、えぇ・・・」
ハッとしたようにおろおろとする彼女の手から、青田坊は弁当箱を奪い取る。
「若、弁当です。何かあったら呼んでください、屋上にいますんで」
このままでは弁当はおろか辺りの人間まで凍死させかねないと、立ち尽くす片割れの肩をぐいぐいと押して青田坊は主の側を離れた。
それでも微かな期待を胸にちらりと振り向いてみる。
「・・・」
ここで今、不思議そうな顔をしている若頭が“その手を離せ”とかなんとか言ってくれれば僅かでも状況は好転するというのに。
まぁなかなか上手くはいかない。
完全に萎れているつららを引き摺るように、青田坊は屋上に向かって歩き出した。