創作 壱

□先に立たぬは
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厄日だ。

リクオは思った。






「リクオ、お客様よ?」


帰宅して、自室で課題に取り組んでいると玄関の方から母の呼ぶ声がした。

リクオは開きかけたノートを閉じ、部屋を出る。


「誰だろう・・・」


本日唯一の来訪予定であった猩影は、既につららが居間で応対している。

面白くない話だが、彼に至っては自分ではなく彼女に会いに来ているのは明白で、いつものように御役御免の自分はこうして静かに課題を熟していたのだ。


「リクオ」


玄関に着くと、母親である若菜がにこにこと手招きをしている。

未だに心当たりの浮かばないリクオは小走りで駆け寄った。


「母さん、誰―――」

「やぁ奴良くん!」

「え?き、清継くんッ!?」

「待ちくたびれたぞ!」

「ぁ、ごめん・・・」


咎めるような口調に反射的に頭を下げるリクオ。


「ちょっと、清継くん!リクオくん、気にしないで?今来たところだから」

「カナちゃん」

「私達もいるよ!」


お約束、というか清継の背後から巻、鳥居、島の三人も顔を覗かせる。


「鳥居さん巻さんに島くんまで・・・あれ?花開院さんは?」

「ゆらちゃんは家の用事があるから来られないって・・・」


リクオの疑問をカナが拾う。


「そう、なんだ・・・」


呟いてリクオはホッと胸を撫で下ろした。

互いに事情を把握し合っているとはいっても彼女は詰まるところ陰陽師、本家に住まう妖怪達とはどうしたって越えられない一線がある。


「さぁ、こんなところで立ち話もなんだから上がって?」

「え!?」


そんな若菜の言葉に反応したのはリクオである。


「母さん!?」

「あら、何か問題でもあるの?今日は寄合もないし、貸元の皆さんもいらっしゃらないでしょう?」


流石は妖怪任侠一家を取り纏める彼女。

清継達に悟られぬよう笑顔で、けれど息子にはしっかりと畳み掛けるように言った。


「でもこんな急に―――」

「客間には近づかないように言っておくわ。さぁ、みんな上がって?」

「おじゃましま〜す!」

「ちょ、ちょっと・・・」

「すみません、リクオくんのお母さん。急にこんな多人数で押しかけちゃって・・・」

「いいのよ、何もお構いできないけれどゆっくりしていってね?」

「はい、ありがとうございます」


好き勝手に盛り上がっている一行に、最早リクオが口を出せる隙はなかった。






「今日は清十字団の活動は無しって言ってなかったっけ?」


いつものように通された客間で出された菓子に手を伸ばす面々に、リクオは半眼になりながら問いた。


「確かにそのつもりだったんだよ、奴良くん。しかし掲示板に書き込みがあったとなればそれを無視するわけにはいかないだろう」

「え!?今から行くのッ?」

「いや、今日は下調べだよ」


清継は胸を張って言う。


「それってボクの家じゃなくてもよかったんじゃ・・・」

「何か言ったかい?」

「あ、いや・・・」


言葉を濁すリクオに、清継はキミは全く分かっていないなと続ける。


「この立派な妖怪屋敷を役立ててあげようという配慮じゃないか!」


誇らしげに言うが、正直褒められているのか貶されているのかよく分からない。

黙ったままリクオが頷けずにいると、隣に座るカナがコソッと耳打ちをしてきた。


「ごめんね、リクオくん」

「・・・大丈夫だよ、カナちゃん」


言って首を巡らす。

巻や鳥居は化粧直しを始めているし、島に至っては何やら落ち着きなく辺りを見渡している。


「どうしたんだろう、島くん・・・」

「及川さんのことでも考えてるんじゃない?」


リクオの呼びかけに無反応な島に、ここへ来る途中も及川さん及川さんって言ってたから、と苦笑するカナ。


「そういえば、今日は及川さんは?」

「え?」

「そうだ、及川くんにも是非参加してもらいたかった!」


焦ったリクオの言葉を掻き消したのは清継。

カナは不思議そうな顔をしていたが、リクオは安堵していた。

そしてその頃のつららはというと―――。






「やっぱり落ち着かないわ・・・」


そう言って屋敷の庭を歩く彼女は、常の着物姿ではなかった。


「でも新鮮ですよ、姐さんの制服姿」


猩影は笑う。

リクオと共に帰宅したつららを待っていたのは、予定よりも早く屋敷を訪れていた彼。

毛倡妓の話によれば暫く待たせていたようで、つららからしてみれば人の姿から妖のそれに戻ることなど造作も無かったのだが、客人の前で変化を解くことも憚れ、おまけに猩影本人に“たまには人の姿のままで”と言われてしまえば、何も普段から人の姿に化け生活をしている彼相手に気張ることもないとその格好のまま落ち着いたのだった。

主の学友が屋敷を訪れているとも知らずに・・・。
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