創作 壱

□束の間の安息を
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「・・・痛む?」


そう問う彼こそが誰より傷ついたような顔をするから、つららはいいえ、と穏やかな笑みを返した。






捩眼山での一件。

幹部である牛鬼の謀反により、一時は戦々恐々となった奴良組も新月の夜に覚醒した若頭の手により無事落ち着きを取り戻していた。

ある一部を除いては・・・。


「ッ、」

「やっぱり・・・」


椅子に腰掛けたつららは、足袋を着けぬ左の足先を自らの主の眼前へと晒す。

リクオは未だ痛々しい傷の残るそこにそっと指先を這わせると、つららの顔を仰ぎ見た。


「ここは?」

「ッ、・・・大丈夫です」

「やっぱり傷が深いところだね・・・」


捩眼山より帰宅したつららは、出迎えてくれた毛倡妓を卒倒させるような大怪我を土産に持って帰ってきた。

場数を踏んできている首無でさえ珍しく声を荒げ、周りの妖怪達を酷く驚かせた。

妖である分、人間に比べ治癒力は遥かに高いが、本気で命を奪いに来た相手から受けた傷は並大抵ではない。

何より足先は他の部位に比べ小さな箇所であるため、重要な組織が集中している。

そこを執拗に責められたのだ。

どれだけ優れた治癒力があろうとその痛みは計り知れなかった。

応急の処置として消毒や化膿止めを施したが、巻かれた包帯は瞬く間に血を滲ませる。

何度目かの処置を終え、漸く自分でも手当てができそうだとつららがホッと胸を撫で下ろした時―――。

彼女の部屋を、若頭が訪れた。






「リクオ様・・・、もう大丈夫ですから―――」

「大丈夫じゃないだろ」


鋭い刃を突き立てられた上に深く抉られたそこは、今こそ目を背けずにいられるがそれは酷い傷だ。

リクオは胸が締め付けられるのを感じる。


「ごめん、つらら・・・」


こうして巻いていく包帯と同じくらいに白い彼女の足先は、所々赤く腫れ上がり黒ずんだ切り傷まで走っている。


「ボクがもっと早く駆け付けていれば・・・」


こんなことにはならなかった。

あまりに悲痛なる目の前の現実に、リクオは続く言葉を紡げなかった。


「そんなッ!若の所為ではありません!私は側近なのです、自分の身くらい自分で守れなくては、側近として失格です!」


つららは頭を垂れたリクオを慌てて見遣る。

傷より何よりこうして自らの主を思い悩ませてしまっているのは、他でもない自分自身なのだ。


「リクオ様・・・、リクオ様が気にされることはありません。全ては身内と思い油断した私の失態です」

「ごめん」

「・・・リクオ様、どうか―――ッ、わ、若ッ!?」


その時。

つららは、しんみりとした雰囲気には到底似つかわしくない素頓狂な声をあげた。


「わ、か・・・んッ!お止め・・・くださ、いッ!」

「・・・どうして?小さい頃よくしてくれてたじゃないか」

「い、いつの話ですかぁッ!!」


信じられない、とつららはこれ以上ないくらいに瞳を見開く。

他でもない。

リクオは居心地悪そうに引っ込められたつららの足を手に取ると、その傷口に自ら口づけたのだから。


「お呪いなんだろ?」

「そ、それはッ―――」


頻繁に擦りや打撲の傷をつくっては、泣きついて来ていた幼少時代の彼。

処置の後、小さな傷口に冷気を吹き掛け、終いにそこへ唇を当てていたこともあった。

だがそれも治療の延長線上、ぐずる主君を宥めるための手段として行っていただけであって他意はない。

時が過ぎた今、彼は立派な青年なのだ。


「若、戯れが過ぎます・・・」

「戯れ?」

「ハゥッ、」


喋る度に小刻みに動く舌が、つららの指先を掠める。

その度彼女の身体は反応し、大袈裟なほどにびくりと震えるのだ。


「もう絶対につららを傷つけない・・・」

「・・・リクオ様?」

「絶対に、傷つけないから」






それでも彼の願いとは裏腹に―――間もなく、組の存在を根底から揺るがすほどの大事となる闘争の火蓋は切って下ろされる。

けれど今は、二人で束の間の安息を・・・。






「よし、これで大丈夫かな」

「はい、もう治ってしまいました!」

「えぇ?もう!?・・・つららは大袈裟だなぁ」

「いいえ、大袈裟ではありません!百人力です!」








 

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