創作 壱

□片恋模様
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「姐さん?」

「・・・あら、猩影くん」


穏やかな陽射しの差し込む縁台の小さな背中に、猩影はゆっくりと歩み寄った。


「お邪魔してます・・・、お一人ですか?」

「いらっしゃい。どうぞ?」


つららは口元に手を当て淡く微笑むと、スッと腰を上げ自分の隣に小さな間隔をつくった。


「失礼します」

「お茶でも煎れるわね」

「いえ、お構いなく。すぐ暇するんで」

「でも・・・」

「さっき戴きましたから」


猩影は畳み掛けるように言った。

ここへ来る前、居間で毛倡妓や首無と談話していたのだが、珍しく若頭の側近である彼女の姿が見当たらなかったため、こうしてふらふらと屋敷の中を歩いていたのだ。

そう聞いて、つららもそれ以上は続けなかった。


「どうかしましたか?」


猩影は微かに前屈みになりつららに尋ねる。


「え?」

「気の所為ならいいんですけど、何か考え込んでるみたいだったんで」


それで気になって声かけてみました、なんて彼は軽く笑う。

その笑顔に、曇りの表情を浮かべていたつららも幾分か胸が空くのを感じた。


「・・・聞いてもらえる?」

「もちろんですよ。オレでよければ」


途端至極嬉しそうに表情を綻ばせた猩影に、つららはつられるように口を開いた。


「・・・リクオ様には、お話しできないから」


だが小さく呟かれたその言葉に、彼が困ったように笑ったことをつららは知らない。


「今日は夕餉の支度があったから、若の護衛を青に任せて私は先に帰らせてもらったの。その帰りに・・・不良っていうのかしら、人間に絡まれて―――」

「え!?大丈夫だったんですか?」

「えぇ。ただ少ししつこくて・・・相手が一人だったら逃げられたかもしれないけど・・・」

「姐さん・・・?」

「あ、本当に大丈夫よ?」


猩影があまりに深刻そうな顔をするからつららは慌てて手を振った。


「・・・人の姿のままだと危なかもしれないって、そう思った時に私・・・なんの躊躇いもなく、変化を解いて攻撃しようとしたの」

「攻撃?防衛でしょう」


猩影の眼光が鋭くなる。


「確かにそうね、でも相手は妖じゃないわ、人間よ?私は人間を傷つけようとしたの。・・・若は、人を傷付けることを酷く厭うのに」

「・・・」


猩影には分からなかった。

確かに若頭は妖が人間を傷付けることを嫌う。

まだ彼が幼かった頃、組員であった妖怪が彼と彼の学友を狙い襲撃をかけたことがあった。

そして数ヶ月前、またも組員による無謀が起き、その際、彼の学友である少女達は彼をおびき出すための囮として使われた。

だから彼は人一倍、妖の人間に対する攻勢に敏感なのだ。

そしてそれを誰より強く痛感しているのは、彼の側に身を置く彼女。

だがそれは彼に限ったことではなく、第一むやみに他者を傷付けようとする輩はたとえそれが人であろうと妖であろうときっと彼は許さない。


「―――オレはそう思います」


猩影は言った。

ここまで思われて幸せだとか、羨ましいなんて、今の彼女には言えなかった。


「ありがとう、猩影くん」


つららは淡く笑んで、そして小さく頭を下げた。


「話してみたらどうですか?リクオ様と」

「え・・・?」

「そのほうが、いいと思います」


締め付けられる胸の痛みも今は彼女のため。


「姐さんには、いつも笑っていてほしいです」


それで少しでも力になれるなら・・・。


「猩影くん・・・」


呟いて、つららは彼のよく知る笑顔で微笑んだ。


「・・・ありがとう。猩影くんに聞いてもらえてよかったわ」

「オレで力になれるなら、いつだって聞きますよ」


胸はまだチクリチクリと痛むけれど。

今はこの緩やかさでいい。








 

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