創作 壱
□宵闇に恋う
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「あ・・・」
よくもまぁここまで頻繁に遭遇するものだ。
当てもなくふらふらと夜の街を歩いていたリクオは静かに溜息を吐いた。
けれど人間の性―――と言うより、昼の自分の性。
身体を支配する人格が変わっても、彼女を尊ぶ気持ちは変わらなかった。
「また会ったな・・・、カナちゃん」
側まで寄って声をかけてやると、目の前の少女はあからさまに動揺の色を見せた。
「こんな遅くに買物かい?」
彼女―――家長カナが手にしているコンビニの袋を見てリクオは言う。
すると彼女はハッとしたようにその袋を胸に隠した。
「こ、これは・・・」
「ん?」
「あ、えっと・・・本当は明日発売なんですけど、気になっちゃって・・・」
ちらりと見え隠れするのは鮮やかな表紙の雑誌。
ファッション誌のようだ。
「あぁ・・・、確か何かやってるんだったよな?」
リクオは何の気無しに言ったが、当のカナはその瞬間眉を顰めた。
「えっと・・・私、言いましたっけ?」
「あ・・・いや、違ッ―――」
「あ、もしかしてリクオくんですか?・・・やだな、もぅ」
恥ずかしいじゃない、と一人赤面してありがたい勘違いをしてくれてたカナにリクオは胸を撫で下ろすと、彼女を横目に見遣った。
昼の自分の話だと、彼女は学年で5本の指に入るほどの美少女らしい。
確かに中学生にしては多少大人びているような気もするし、誰の基準の選抜かは知らないが5本指というくらいなのだからそういう部類には入るのだろう。
「もう帰りかい?」
「え?ぁ、はい」
「・・・」
つい先も、そこで自分を奴良組若頭と知らず襲撃をかけてきた小物妖怪を打ち負かしたところだ。
用心をするに越したことはない。
「行くぜ」
「え?」
「物騒だからな」
言葉の意味が分からなかったらしいカナは不思議そうに小首を傾げたが、リクオはそれに気づかず先を歩き出した。
「あ、待って・・・」
慌ててカナは追いかける。
―――そうして間もなく彼女の家、という頃。
リクオは人通りも疎らな向かいの道を歩く一つの人影を見つけた。
「・・・」
現代では稀少な着物姿は良くも悪くも目立つ。
況してそれが闇に際立つ真白ならば、視界を掠めないことのほうが不可能だった。
「あの、どうかしましたか・・・?」
無意識に足を止めてしまったらしい。
リクオは背後からのカナの声で我に返った。
「いや」
と言いつつも、やはり向かいを同じような歩幅で歩かれてしまっては気になってしまう。
偶然見つけた己の側近は、紫紺の風呂敷に包まれた何かを手にし歩いている。
足取りは至極軽やかで、鼻唄まで口遊んでいた。
余程高揚しているのか、それほど距離はないというのにこちらに気づく気配もない。
「わぁ、綺麗・・・」
すると突然、カナが呟いた。
その声にリクオが振り向けば、彼女の視線はその先を歩く己の側近に向いていた。
背に流れる漆黒の髪と、白さの際立つ和装が彼女の魅力を一層引き立たせているのだろう。
名を呼ばれたわけではないのに、呟くようなカナの言葉にリクオはむず痒いような感覚を味わうのだった。
「あ、ここで大丈夫です」
「そうかい?気をつけろよ」
「はい、ありがとうございます」
小さく頭を下げて挨拶をする姿にリクオは笑む。
「・・・また、今度ッ―――」
言うだけ言って去って行ってしまったカナ。
その後ろ姿を眺めながら、リクオは息を吐いた。
そしてその姿が見えなくなるまで見送ると、再び帰路を歩き出した。
前を歩く側近は今尚、自分の存在に気づかない。
気配を消している所為もあるが、これではあまりにも無用心すぎではないか。
「―――おい」
「ッ、!!」
肩に手を伸ばすなり、凄まじい冷気が身体を包んだ。
金色の射るような瞳。
間髪容れず笑んだ唇が言葉を紡ぐ。
と、そこで目が合った。
「わ、若ッ!?」
「よう、つらら」
「え?え?ど、どうされたのですか!?」
今度は目を回したように瞳がグルグルと渦巻く。
「つらら、ちょいと無用心じゃねぇか?」
彼女の手から風呂敷を奪って言ってやる。
「あ、若!それは私が―――」
「即断はいいかもしれねぇが、誰にでも通用するもんじゃねぇぞ?」
「・・・申し訳ありません」
「お前は目立つからな、気をつけろ」
頭にぽんっと手を乗せれば、当惑気味な視線が返ってきた。
「で?主にも気づかないくらい浮かれてた理由は、聞かせてくれないのかい?」
「ッ、!」
すると途端に、ぱぁっと表情を綻ばせる様はまるで百面相。
「お裾分けに行った貸元先で言われたんです」
そしてこの側近は、その笑顔さえ他人のために浮かべるのだから困る。
“リクオ様も随分とご立派になられた”
“これでワシらも安心して奴良組に身を置ける”
“やはりリクオ様で間違いはなかった”
「つららは嬉しゅうございます・・・」
了