創作 壱

□些細な一齣に知る
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「お茶でいいかしら?」


炊事場で急須片手に首を傾げるのは奴良若菜。

その横をぱたぱたと駆けるのは着物姿の雪女、つらら。


「若菜様、こちらに置いておきますね?」

「あら、ありがとう」


ふわりと浮かぶ柔らかな笑みに、つららもつられて表情を緩めた。


「でも、いつも大変ね」

「いいえ!若菜様や毛倡妓には色々とご迷惑をかけてしまいますが、全てはリクオ様のためですから!」


つららは言う。


「ふふっ、頼もしいわ」

「お任せください!!」


胸を張ってポンッと叩いて見せれば若菜は更にその表情を綻ばせた。


「つららー?」


言葉もなくただただ流れる暖かな雰囲気に笑みを交わし合っていると、遠くからリクオの声がした。

つららは炊事場から顔を覗かせると、駆けてくる主に声をかける。


「リクオ様!」

「あ、いたいた。そろそろ時間だよ」


リクオは炊事場に入ると茶請けの菓子の用意をしている母親の手元を覗いた。


「ぁ、若菜様!それは私が―――」

「ありがとう、でも大丈夫よ。それよりもう時間でしょう?着替えないと―――」

「でも・・・」

「ありがとう。でも本当に大丈夫だから」

「そうだよ、つらら。急がないと」

「・・・はい」


そう返事はしたもの、自分の仕事が中途半端になっていることが気になるのか、つららは前掛けを握り締めながら不満そうな顔をした。

するとそれを見た若菜は、小さく笑ってつららの肩に触れた。


「じゃぁ着替えを済ませてそれでも時間があったら、手伝ってもらおうかしら?」


若菜は上手く纏めるとにっこりと微笑んだ。

それを見たつららはハッとして勢いよく踵を返す。


「着替えてきます!」


口早に言うと、前掛けを解きリクオと若菜を残してつららは炊事場を後にした。


「さすがだね」

「ふふっ、頑張り屋さんだから助かっちゃう」


苦笑するリクオに、茶菓子の準備を再開した若菜は楽しそうに口元を緩めた。


「そういえば毛倡妓がいないみたいだけど・・・」

「彼女なら買物に出てるわよ?」

「そうなんだ。あぁ、そうそうみんなが来たら納豆小僧達は―――」

「お待たせしました!!」


リクオが言いかけた時、甲高い声と共に私服に着替えたつららが飛び込んできた。


「まだ時間がありますから、お手伝いしますね!」

「随分早いね、つらら」

「はい!」

「ふふっ。よく似合っているわね、そのワンピース」

「ありがとうございます!」


二人の前でくるりと回るつららは真白く裾に細やかなレースのあしらわれたワンピースを身に纏っていた。


「あぁそれ、この間母さんと選んだっていう・・・」


若菜と買物へ出た際、つららがふと目を止めた被服の店。

冷やかし程度に入ったそこは、和装を普段着としているつららの目には眩しすぎるほどの可愛らしい洋服が所狭しと並んでいた。

清十字団の合宿や遊楽のために用意してあるものは何着かはあったが、巻や鳥居、そして家長―――彼女達が流行りの雑誌で自分なりの洒落を探求し、鮮やかな格好をしている様を見てつららはそれを愛らしく思っていたのだ。


「若菜様に選んでいただいたんです」


至極嬉しそうに笑うその表情は、同性である若菜だからこそ引き出せるものだろう。

リクオは母親と顔を見合わせ笑い合った。


「ごめんくださーい!」


その時。

折好く玄関先から元気な声が響いた。


「あ、来たみたいだね。じゃぁつらら、よろしく」

「はい!」


そう言ってリクオは炊事場を出ていった。

遠くで賑わう声がする。


「さぁ、あなたも用意しないとね?及川氷麗ちゃん」


若菜はわざとらしく笑みを浮かべ首を傾げた。

つららの瞳に色が宿る。


「はい!」





「あの・・・リクオくんのお母さん、その、及川さんは・・・」

「ふふっ、氷麗ちゃんね?もうあがってもらっているわ」


客間の襖が開かれる。


「みなさんお揃いですね?」

「及川さぁ〜ん」


つららはワンピースの裾を翻し、にっこりと微笑んだ。








 

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