創作 壱

□危懼もいずれは舵となる
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「・・・ハゥワッ!!」


朝の穏やかな喧騒に湧く昇降口。

見知った者同士口々に挨拶を交わす中、雪女―――もとい及川氷麗は頓狂な声をあげ、開いたばかりの靴箱をバンッ!!と耳を塞ぎたくなるような甲高い音を立て素早く閉めた。


「おい、どうした?」

「ヒャッ!!」


今度は突然背後から声をかけられ、思いきり飛び退く。

するとその弾みで足を踏み外し、足元の木の板が揺れ身体が大きく傾いだ。


「っと、」


そんなつららの背中を支える大きな手。


「あぶねぇなぁ・・・鈍臭ぇんだから気をつけろよ」

「・・・一言多いわよ」


ありがとう、と言いつつも不満げに、つららは隣で靴をしまっている倉田―――もとい青田坊に頬を膨らませた。


「あ、倉田さん!おはようございますッ!」

「おはようございます!!」


慎重に靴箱を開け上履きを出したつららがその声に振り向けば、数人の男子生徒が倉田に深々と頭を下げていた。


「及川さんも、おはようございます」

「おはようございます、及川さんッ!」

「あ、おはよう、ございます・・・」


彼らは倉田の隣に並ぶ氷麗にまで律儀に挨拶をした。


「相変わらず可愛い彼女さんっスね、倉田さん」

「「・・・は?」」

「照れなくていいですって」

「そうそう、みんな分かってますから。じゃ、お先に失礼します!」

「失礼しまーす」


怒濤のように好き勝手言って去っていった生徒達に、つららも青田坊も一言も言葉を発さぬまま黙ってその後ろ姿を見送っていた。


「ちょッ、ちょっとどういうことよ、青!!」


だが先に我に返ったのはつららで、青田坊の袖を掴んでは場所も忘れて声をあげた。


「知るか」

「知るかってあなたのことでしょ!?」


互いに無理矢理袖を振り払ったり掴み掛かったりしている様は、内情を知らない者からして見ればただの戯れ合いにしか見えない。

現に、二人のもとを去った先程の男子生徒達は振り返りながらニヤニヤと顔を緩めている。


「見ろよ、ほんと仲いいなあの二人」

「だな。でもやっぱり可愛いなぁ、及川さん・・・」

「はぁ?お前この間まで家長さん狙い〜とか言ってたじゃねぇかよ」

「昔は昔、今は今だろ。でもなぁ倉田さんが相手じゃなぁ・・・」

「まぁ勝てないよな、色々と」


またも好き勝手な話題で盛り上がるその話を、当人以外の、しかも二人の内情を知る者が聞いているとは彼らは微塵も思わないだろう。


「リクオくん?」

「え!?」


隣を歩く幼なじみが不思議そうにこちらを見ているものだからリクオは慌てて笑顔を向けた。


「ご、ごめん!ちょっと考え事してて・・・」


ハハハと空笑いを浮かべると、僅かに怪訝そうな顔をしたカナもすぐに普段の通りに戻った。

だがそれに安堵したのも束の間、またも先程の生徒達が声を張り上げ笑い始めた。


「さっきの見たか?及川さんが蹌踉めいた時の倉田さんの素早さ!」

「なぁ〜勝てねぇよ」

「まぁそんな落ち込むなって。及川さんもお前なんて最初から眼中にないから」

「フォローになってねぇっつうか、普通にへこむんだけどそれ・・・」


ギャハハと高らかな笑いは通り過ぎる生徒達の視線までも集めている。


「及川さんって・・・あの及川さん、だよね?」


その上、カナまで彼らの話に食いついてしまったからリクオも慌てた。


「あーうん、そうみたいだね・・・」

「そういえば確かによく一緒にいるよね、及川さんと倉田くん」


カナは納得したように頷いている。


「・・・」


一緒にいるも何も、二人は共に在るべき存在なのだ。

リクオは喉元まで出かかった言葉を慌てて飲み込んだ。


「及川さんってリクオくんと一緒にいることも多いけど、なんか倉田くんといると自然体って感じだよね」

「え?」

「ほら、いつもの及川さんじゃないみたい」


そう言うカナが指差す方を見れば、つららが人差し指を立て青田坊に何か言っている。

対してそれを聞かされている青田坊は心底嫌そうに眉ねを寄せるもその場から逃げることが敵わず、渋々留まっているといった感じか。


「倉田くんも及川さんには心開いてるみたいだし」


と、どこか楽しそうにカナは言うが、リクオからしてみれば青田坊がつららに心を開いているのは当たり前であるし、誰より互いが一番近くで己の任を果たしているのだから感情を顕わにすることだって当然なのだ。

それに二人が一緒にいることだって二人が自分の側近だからであり、常に状況を把握し合っていなければならないからこそ行動を共にしているのだ。

自然体というのも同じ任に就く二人がぎくしゃくしていては側近は務まらない。

第一、蹌踉めいたつららを支えた青田坊の素早さだって、彼女は普段から少しそそかしいところがあり周りもそれを熟知している。

なんら珍しいことではないのだ。


(そうだ。ボクだって家ではよく躓くつららを―――)


「・・・」


そこでリクオは気がついた。

何をそんなに躍起になっているのか。


「・・・」


だが自覚すればするほど、見る見る頬が羞恥に染まる。


「リクオくん、顔赤いけどどうしたの?」

「な、なんでもないよ!それより早く教室行こう!」


リクオは慌てて走り出した。


「あ、ちょっと待ってよ!リクオくん!?」


浮かんだ想いを掻き消すように、思いきり頭を振りながら・・・。
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