創作 壱
□きっかけは些細な出来事で
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それを知ったきっかけは、ほんの些細な出来事だった。
普段から他の生徒と違わず普通に学生生活を送っている幼なじみである、当然彼女に関する噂を耳にすることはあるし、校内で自分の警護に当たっている河童からは校舎裏で貢ぎ物付きの告白を受けていた、などと事細かに報告されることもあった。
おまけにティーン層に絶大な人気を誇るファッション誌の読者モデルまで務めているものだから、自然とその類の噂はよく耳にしていた。
“学年屈指の美少女”
誰が決めたか知らないが、彼女はそう呼ばれていた。
それでも基準はあまりにも曖昧であるし、そもそも噂の出所すら分からないボクはそれらを耳にしてはへぇ、と大して気のない返事を返していた。
だからまさか、誰より側にいるあの彼女までその5本指に入っているとは思わなかった。
「リクオ様?」
「え!?」
ハッとすればそこは人気のない教室。
「どうされたのですか?顔色が優れないようですが・・・」
心配そうに歩み寄ってくるつららに、ボクは曖昧な笑みを返した。
「ごめん、なんでもないよ」
「本当ですか?昨日の総会、だいぶ遅くまで開かれていたようですが、お疲れになっているのでは・・・」
「大丈夫だよ」
そう言う彼女だって、総会が終わるまで居間で控えていたことをボクは知っている。
彼女に手伝ってもらっていたのは教室に飾ってある花瓶の水の交換。
珍しい蘇芳の花は彼女の肌によく似合った。
「大丈夫・・・」
偶然聞いてしまった噂が気になって仕方がない。
―――そんなこと、言えるはずがなかった。
「リクオ様、これはどちらに?」
「あぁ、それはそこ。下、気をつけて」
床に這うコードを指差し言った。
「リクオ様、他にお手伝いできることは―――」
「ありがとう、つらら。もういいよ」
そろそろクラスメイトが登校してくる頃だ。
彼女の姿を見られると色々と厄介なことになる。
「では私はこれで失礼しますね。今日のお昼はグラタンですよ♪」
楽しみにしていてください、とつららは笑う。
「うん、楽しみにしてる」
「ふふっ、お待ちしています」
そう言って、つららはスカートを翻しながら教室を出ていった。
「・・・」
「―――ら、・・・奴良、おい奴良!!」
「え?」
大きな声に呼ばれハッとして振り返れば、廊下から顔を出す数人の男子生徒と目が合った。
「どうしたの?」
確か彼らは隣のクラスの生徒だったはず。
頭の中で顔と名前を整理しながらボクは問い聞いた。
「あのさ、今のって・・・及川さんだよな?」
「え?」
驚いた。
“及川さん”とは彼女、“及川氷麗”のことだろうか。
「うん、そうだけど・・・」
そしてこういう時ほど、自分の勘を恨むことはない。
「頼みがあるんだけどさ・・・」
「・・・」
「あの、さ・・・」
「おい、まだ本番じゃねぇんだからそんな緊張してんなよ!」
「告る相手は奴良じゃねぇぞ!」
言葉を濁す男子生徒に、周りの友人達が茶々を入れる。
が、それがボクの耳に届くことはなかった。
「奴良、及川さんと仲良いよな?」
「・・・」
「頼みがあるんだ、オレ、及川さんが―――」
「ごめんッ!今から職員室に行かなくちゃならないから、また今度!」
「え?あ、おい、奴良!!」
遠くから自分を呼ぶ声がする。
でも、振り返れなかった。
“オレ、及川さんが―――”
聞きたくなかった。
すれ違う視線が何事かと一様にこちらを見ていたけれど、そんなことには構っていられずボクはひたすらに廊下を走った。
「つららッ!!」
思いきり扉を開く。
「わ、若!?」
目を見開いたつららがぱたぱたと駆け寄ってくる。
「ハァ、・・・」
「どうしました、若。敵襲ですか!?」
コンクリートを見つめ、肩で息をしているボクの周りをつららが忙しくなく動く。
「違うよ、つらら」
「え?」
腕を掴んで彼女の動きを止めた。
「ごめん、なんでもないんだ」
「・・・ふふっ、そうですか」
走った所為で髪が乱れていたらしい。
細い指先が伸びてきたかと思うと、それはボクの前髪に触れた。
「もうお腹が空いてしまったのかと思いました」
「そうだね、グラタンだって聞いたら余計にね」
そんなことはないと分かっているはずなのに、彼女はそんな他愛のない会話に笑う。
「お弁当は逃げませんから、しっかりお勉強してきてください。グラタンはこちらでお待ちしておりますよ?」
「うん、分かった」
そして、どちらともなく笑い合う。
今はまだ、真正面から向き合うことはできないけれど。
いつか・・・。