創作 壱

□永久になる刹那
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気怠げな空気が教室を包む午後の授業。

指名で解答を求めることもなければ板書をすることもない。

ただ教師が教壇の上で延々と教科書を朗読するだけの授業は、腹を満たした学生達の昼寝には格好の時間となっていた。

肘をつきノートを眺める振りをしながら惰眠を貪る者や、挙げ句にはなんの躊躇いもなしに堂々と机に突っ伏して眠る者までいる。

先日の席替えで窓際の席となり以前より教壇から遠くなったリクオも、込み上げる欠伸を噛み殺しながら穏やかな午後の時間に溜息を吐いた。

するとふと見上げた先、視線の向こうには見慣れた屋上が目に入る。


「ぁ、」


思わず声が漏れてしまった。

リクオは慌てて手にした教科書で顔を覆う。

幸い子守唄代わりの教師の声でそれに気づく者はいなかったが、なんとなく決まりが悪くてリクオは軽く咳ばらいをすると、もう一度先の方向へ視線を遣った。

ここからよく見える屋上には、いつもの顔触れが揃っている。

首無に青田坊、河童に毛倡妓、そして―――。


「つらら・・・ッ、」


そして懲りずにまた呟いてしまって慌てて口を噤む。

もちろん話している内容や細かな表情までは見て取れないが、彼らの間に温かな空気が流れていることだけは分かった。

おおよそ学校には似つかわしくない格好で立っているのは首無で、時折隣に立つこちらも学校には似つかわしくない容姿の女が自らの首筋に手を当て楽しげに笑んでいるのは、彼の首に巻かれた襟巻きがあるべきもののないその場所を隠しきれていない所為だろう。

フェンスに背中をあずけ腕組みをしながら空を仰いでいる青田坊は何やら考え事をしているらしい。

誰かが彼に目を遣り口を開けばそちらへと向き直るが、またすぐに視線を戻す。

河童はいつものように耳につけたヘッドフォンで音楽を聴いているようで、首無達に背を向け手にした双眼鏡で校庭を眺めていた。

そしてつららは・・・。

首無と毛倡妓の向かいに立つ彼女は二人の会話に聞き入っているらしい。

彼らを交互に見遣り、時偶笑んではその指先を口元へと運ぶ。

人間の姿に化け、学生服を身に纏っていても変わらぬその仕草。

そのまましばらく眺めていると、毛倡妓がつららに何かを囁いた。

こちらに背を向けてしまっていて表情は窺えないが、両手を高く掲げ毛倡妓に詰め寄っている。

その様子を苦笑して見守る首無。


「・・・」


穏やかだな、と思う。

彼らの姿が見えるだけで心が和むのが分かる。

彼女の笑顔を見るだけで―――。


「リクオくん?」


急に意識を引き戻されてリクオはビクリと肩を震わせた。

隣を向けば、幼なじみが筆記具片手に不思議そうな顔をしている。


「何かあった?」

「え?」


潜められた声にリクオも努めて抑え答える。


「なんかリクオくん、嬉しそうな顔してたから」

「え!?そ、そう?」


見られていたと分かった瞬間気恥ずかしさにいたたまれなくなった。


「うん、なんかすごく幸せそうな顔してた。何かあったの?」

「あ、いや、特に何もないけど・・・」


幸せそうだった、なんて恥ずかしいことこの上ない。

確かに平穏を感じはしたが、周りに悟られるほどそれが表情に出ていたなんて・・・。


「本当になんでもない―――」


そうリクオが呟いた瞬間。

壁に掛かったスピーカーから授業の終了を告げる音が鳴り響いた。


「ごめん。ボク、行くところがあるから!」

「あ、ちょっと、リクオくん!?」


リクオは教科書を手早くしまい、まだ気怠げな空気の抜けない教室を飛び出した。

向かう先はもちろん―――。






「リクオ様!!」


扉を開ければ誰より先に自分のもとへと駆け寄って来て、きゅっと指先を絡めてくる。


「つらら」

「はい、リクオ様!」

「帰ろうか?」

「え?・・・えっと、今日はお手伝いは・・・」

「う〜ん、今日はいいや。それより早く帰ろう?」


一瞬不思議そうな顔をしたつららも、その言葉にすぐに嬉しそうに目を細めた。


「はい!!」


そんな二人の姿を、側近達は穏やかな眼差しで見つめていた。








 

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