創作 壱

□アナタの隣
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鳴り響くチャイムと同時に教室を包む倦怠感。

けれどその中に確かに嬉々とした雰囲気を感じるのは、見上げた時計が昼食時を指しているからだろうか。

しかし、机の上の教科書を閉じた少年―――奴良リクオは、クラスメイトが弁当を持ち寄って席を繋げたり昼食を求め購買へと急く中、一人席に着いたままだった。


「あれ?今日は一人?」


振り向けば、幼なじみの家長カナが弁当箱を手に立っている。


「ぁ、カナちゃん」

「珍しいね、及川さんは?」


その名前に、リクオの身体がピクリと反応した。

そうなのだ。

今日は彼女がいない。

いや、来ない、と言ったほうが正しいか。


「よかったら一緒に食べない?お弁当」

「ぁ、うん」


これといって断る理由もなかったリクオは、笑顔で頷きながら財布を取り出した。


「ボクちょっと購買に行ってくるよ」


昼食になる筈だった弁当は、今ここにはいない彼女が持っている。

彼女が来ないからには昼食に有り付けないのだ。

リクオは混み合っているであろう様を思い浮かべ息を吐いて、足早に購買へと向かった。






「リクオ・・・、くん!」


購買の前にできた人だかり。

やっと順番が回ってきて、さぁどれにしようかと吟味していたらリクオは背中から突然名前を呼ばれた。


「ぇ、っと・・・、倉田くん?」


振り向けばそこにいたのは己の側近である青田坊だった。


「お弁当、です・・・」


人間の姿に化けているとはいえ、場所が場所だけに目立つ彼は努めて小声で言いながらリクオに弁当箱を差し出した。


「ありがとう」


階段脇へと移動したリクオは驚きながらも青田坊からそれを受け取る。


「えっと、つららは?」


リクオは弁当を手にしながら、先程から気になっていたことを尋ねた。

すると気まずそうに顔を背ける青田坊。


「・・・」

「どうしたの?青」


言い淀む青田坊にリクオは場所を忘れて急かす。


「いやぁ、その・・・」

「え、何?つららに何かあったの!?」


不自然なくらいにバクバクと鳴る心臓。

今この場所に彼女の姿がない、ただそれだけのことなのに。

どうしてこんなにも苦しい。

なかなか口を開かない青田坊に痺れを切らしたリクオが彼に掴みかかろうとした時だった。


「その・・・雪女のやつ、眠っちまいまして―――って、リクオ様?」

「眠った・・・?」

「はい・・・」


聞けば、屋上でいつものように偵察をしていた彼らは穏やかな日常に他愛もない会話を繰り広げていたという。

すると突然ある人物の声が聞こえなくなった。

見れば、フェンスに背を預け会話へと加わっていたつららがいつの間にか静かな寝息を立てていたらしい。


「何度も起こしたんですが・・・」

「ぁ・・・そう、なんだ」


リクオは自分の中の熱が冷めていくのを感じる。


「いや、いいよ。そのまま寝かせておいてあげて」


青田坊は同じ側近として彼女の失態を悔いているようだが、リクオにはそう思えなかった。

昨晩も、夜の見回りに付き添ってくれたのは彼女だ。

通学を含む学校での偵察に屋敷での家事全般、夜は夜で主の身辺警護など彼女の多忙さは傍にいる自分が一番分かっている。


「青、ボクもすぐに屋上に行くからそれ持って先に行っててくれる?」

「はぁ、構いませんが・・・」

「よろしくね!」


リクオはそれだけ言うと、脱兎の如く駆け出したのだった。






「あ、リクオくん!」


教室に入ればカナは清継や島、巻に鳥居といつものメンバーで席を囲んでいた。


「買えた?」

「ごめん、カナちゃん。ボク用事が出来ちゃったからお昼、みんなと食べてくれる?」

「え?うん、いいけど・・・」

「ごめんね!」


言うだけ言って、リクオは戻ったばかりの教室を出ていった。


「なんだぁ?あんなに急いで」

「さぁ?」


友人達の不思議そうな呟きを背中にして・・・。







「おや、リクオ様」


屋上に着くと笑顔の首無に迎えられた。

見れば視線の先、新聞を手にした河童と談笑する毛倡妓の隣にその姿は見つかった。


「つらら・・・」


駆け寄って、膝の上へと置かれた指先に触れてみる。

ヒヤリと熱を持たない冷たさ。

漆黒の髪に隠れた表情は窺い知れない。

頭を垂れたままぴくりとも動かない身体は、いつも自分の姿を見つけては元気すぎるくらいに大きな笑顔を向け駆け寄ってくる彼女のそれとは大きな差があって、なんでもないことなのにリクオの心臓は鷲掴みされたように痛みを生んだ。


「―――リクオ様、つららは少しお休みをいただいているだけですから、ご心配なさらず」


そっとリクオの肩に手を置いて微笑む毛倡妓は優しげな声音で言った。


分かってはいるのだが・・・。


「若、お時間がなくなりますよ」


青田坊から受け取った弁当箱をリクオへと差し出す首無も穏やかな笑顔だった。


「ありがとう」


皆それぞれに自分を想ってくれていることが強く伝わってくる。

久々の凍っていない弁当は確かに暖かさを持ってはいたが、喉越しにはどこか違和感を感じてならなかった。
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