創作 弐
□零単位の距離
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「つららちゃんのタイプってどんな?」
「・・・はい?」
唐突に向けられたその言葉に、つららは驚いたような声をあげた。
“振り”として。
「ほら、イケメンがいい〜とか、優しい人がいい〜とかさぁ―――」
「やっぱり年上でしょー」
紙パックのジュースを片手に言う巻の言葉に、鳥居が満面の笑みでこくこくと頷く。
皆各々好き勝手なことをしている部活の時間も残り僅かを示している時計を瞳に映しながら、つららは曖昧に微笑んだ。
少し前から二人―――正確には家長カナを交えた三人―――がそういった話に花を咲かせていたことは知っていたが、つららは敢えて聞こえぬ振りをしていた。
しかしそんな彼女の望みはどうやら儚く散っていったらしい・・・。
「好みのタイプ、ですか・・・?」
「そう。カナもそうだけどさ、つららちゃんも告白されても断り続けてるじゃん?」
「だから二人の理想のタイプってどんな人なのかなぁって、ね?」
「そ、そんなッ!私は相手の人をよく知らないから断ってるだけで―――」
二人の探るような眼差しに、カナが慌てたように頬を染めた。
そしてそれを見て、つららも小さく溜息を吐く。
「そうですよ?別に理想が高いということもないですし・・・」
「それはうちらが決めること〜」
「ね!だから聞かせて?」
「・・・」
回避に失敗したつららは言葉を詰める。
「島も気になるよな?」
「き、気になるっす!及川さんのタイプ!」
今の今までサッカーボールに夢中で一切会話に加わっていなかったにも関わらず、途端食いつくように声を荒げた島。
どうやら聞き耳を立てていたらしい。
「奴良も、幼なじみとして気になるんじゃないの?カナのタイプ」
「え!?ボ、ボクッ!?」
「清継は放っておこうぜ〜」
そんな中、嬉々として一人パソコンに向かっている部長の背中に巻は気のない声をかけた。
きっと本人には聞こえていない。
「カナは―――あぁ、確かあの清継が言ってる“妖怪の主”が好きなんだっけ?」
「な―――ッ、!!」
「だってさ〜、奴良」
「な、なんでボクに振るのさ!!」
嗜好を聞き出すと言うよりは明らかに二人の様子を楽しんでいる巻と鳥居に、つららはまたも内心で息を吐いた。
矛先が他へ移ったはいいが、その内容が釈然としない。
彼女―――家長カナが思い描く姿は間違いなく、己の主なのだ。
「べ、別にあの人はッ―――ま、まぁ憧れてはいる、けど・・・」
「だからそれがタイプって言うんじゃないの?」
「だ、だからそういうんじゃ―――」
「お、及川さんのタイプはどんなっすか!?」
「へ?」
だが、どうすればここから抜け出せるかと思考を巡らせていたつららに島の決起の声が飛んだ。
「及川さんのタイプ、気になるっす!」
「わ、私は・・・」
仕方ないと、ふと言いかけて気づいた。
“タイプ”とは、何かと。
「・・・」
「・・・及川さん?」
「あ、えっと・・・」
つららは慌てたように瞬きを繰り返す。
挙げる典型など持ち合わせていなかったのだ。
生まれて此の方、ただ一人だけを想い続けて生きてきた。
言わばそれこそ、ひたすら一途に―――。
“つらら”
「・・・あの方は、信念を持って己の道を突き進み・・・それでいて、酷く優しいお方です」
つららはふわりと温かくなる胸に手を添えて、馳せるように呟いた。
「及川さん・・・?」
「己を犠牲にしてまでも、私達のことを考えていてくださる・・・誰よりも強くて、誰よりも優しいお方です」
“つらら”
きっと一人として同じ者はいない。
千差万別なヒトの嗜好の中で、百の鬼を統率してきた主。
「私は、そんなあの方を心から―――」
「つ、つららッ」
途端、リクオの声につららの思考は現実へと引き戻された。
「へ?・・・ッ、ハゥワッ!!」
「なになに〜?やけにリアルなんですけどぉ」
「ねぇ〜」
「そ、そうかな!?」
「・・・どうしてリクオくんが答えてるのよ」
「わ!カ、カナちゃん・・・」
好奇、怪訝、焦慮、安堵。
入り乱れる感情の中、落ち着いてはいられぬ状況にも関わらずつららはほう、と息を吐いた。
心が満たされたように高鳴っている。
温かい・・・。
「―――ごめんね、つらら。帰ろうか?」
騒ぎを抜け出してきたリクオが苦笑しながら、身体の陰できゅっとつららの手を握って言った。
「・・・はい、リクオ様」
「昼のオレも大変だな」
他人事のように笑う彼。
「ふふっ」
「・・・つらら」
くいっと、腰を引かれる。
「リクオ様・・・?」
「好きだぜ、つらら」
あぁ、きっと。
この想いが尽きることはない。
今、距離は零単位を刻む。
了