創作 弐

□糖蜜百分率
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「―――し、・・・首無!」

「ッ、!」

「眉間、皺」


毛倡妓は呆れたように言って、とんとんと自らの眉間を指差した。


「あ、あぁ・・・」

「なによ、今更」

「・・・今更、か」

「今に始まったことじゃないでしょ。現に見てみなさいよ、誰も気にしてないから」


言われ首無が首を―――正確には頭を―――ぐるりと巡らせてみれば、確かに誰一人としてその様に気を留めている者はいなかった。


「気にしたら負け、放っておくが勝ちよ」


そう言った毛倡妓は力なく首を振るうと、空になった湯呑みを見つめて溜息を吐いた。

その姿を黙って見つめていた首無は、意図せずとも自然に耳に入ってくる声に苦虫を噛み潰したような顔をした。






「えぇっと・・・リクオ様?」

「どうした?」

「あ、の・・・これでは洗濯物が畳めません」

「あとで畳めばいいだろう」

「ですが・・・」


つららがいう“これ”とは、部屋の隅の方で山になった洗濯物と格闘する彼女の身体を、背後からリクオが抱きしめているというもので―――。






「昼間は比較的節度を保っている気もするが、問題は夜だな」

「ほんと、固いわねぇ・・・首無は」

「固い?」

「そんなアンタには悪報かもしれないけど・・・総大将、近所に住むご夫婦に曾孫が楽しみですねなんて言われたって笑っていたわよ?」

「ひ、曾孫ッ!!?」

「・・・声がひっくり返ってるわよ、首無」

「いや、だってリクオ様はまだ中学生だぞ!?」

「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ、まだ本当に子供ができたわけじゃないんだから」

「当たり前だ!」


憤慨したように眉を吊り上げる首無に、毛倡妓は溜息を吐いた。

まるで我が子の将来を案じる父親のようだ。


「・・・」

「毛倡妓?」

「え?あ・・・ううん、なんでもないわ」


不思議そうな顔をする首無に首を振る毛倡妓。

考えた時、ふと思うことがあったのだ。

父親を早くに亡くした三代目と、早世した二代目に息子の未来を託されていた彼。

二代目がどれほど息子を想い、愛していたのか。

そして彼が二代目―――鯉伴を、どれほど深く慕っていたかも彼女は知っていた。

父親のような言動も無理はないのかもしれなかった。


「・・・あの二人なら大丈夫よ、首無」

「毛倡妓?」

「確かにリクオ様はまだお若いけど、今は奴良組の三代目として立派に百鬼を率いてらっしゃる。それにあの子―――つららはそれを私達の誰より一番分かっているもの、不安になることなんてないわよ。こんなに厳格な父親もいることだし?」

「父親?」

「ふふっ、なんでもないわ」


毛倡妓は小さく笑って視線を移した。

未だ洗濯物―――ではなく三代目と格闘している、これからの未来を担う若い二人を・・・。






「・・・これ、リクオ様の洗濯物ですよ?」

「あぁ、放っておいていいぜ」

「・・・明日の体育の授業で使う体操着がありますよ?」

「昼のオレがなんとかするだろ。それよりつらら」

「・・・はい?」

「やっぱり居間は落ち着かねぇ、部屋行くぞ」

「・・・」

「・・・なんだ、その目は」


部屋、と聞いた瞬間即座に半眼を向けたつららにリクオも似たものを返した。


「私はここでも落ち着いていません」

「オレがこうしているからかい?」

「んッ・・・」


腹まで回された腕に力を込められる。

ぎゅうっと暖かな感触がつららの身体を包み込んだ。


「や、リクオ様ッ・・・ここでそんな、ッ、」

「だから部屋に行くんだろう」

「・・・う、・・・ッ、・・・意地悪です」

「お前のことだからな、意地も悪くなる」


言葉を詰めても困ったようにそう呟くつららに、リクオは安心したように微笑んだ。


「仕方がないですね、リクオ様は・・・」

「あぁ、本当にな」


自覚があるらしい。

といって、そんな主に仕えねばならない自分の運命を尊ぶことはあっても恨むことなど万が一にも有り得ないのだけれど。


「・・・では、お部屋に行きましょうか」

「あぁ」

「その代わり、これだけはきちんと畳ませてくださいね?」

「早く、な?」

「無茶を言わないでください。リクオ様が真冬に半袖で授業を受けられるというのでしたら話は別ですが・・・」

「分かった分かった、終わるまで待っててやる」

「ふふっ」


参ったというように溜息を吐いて立ち上がったリクオに、洗濯物を抱えたつららも続く。

ひょいっと奪われた体操着が宙に舞った。


「リクオ様?」

「なんだい?」

「・・・私も、楽しみにしていたんですよ?お部屋」

「―――ッ、!!」


耳元でこっそりと囁かれた言葉は誰も知らない。

途端掌で顔面を覆う、彼以外は・・・。







 

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