創作 弐

□この想いにさよならを
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きっかけは所謂一目惚れ。

なんの前触れもなく突然目の前に現れた美少女は、柔らかそうな髪を揺らし大きな瞳で笑っていた。


「及川氷麗です!」


部活で溜まった疲れも彼の突拍子もない発案も、全部が一瞬で吹き飛んだ。

一目惚れだった―――。






「・・・及川さん?」

「ッ、・・・島くん」


廊下を歩いていると、ふと目に留まったそこだけが、どこか別世界のように―――際立って見えた。


「どうしたんすか?こんなところで」


ここは一年の教室からは離れた場所にある渡り廊下。

滅多なことがなければ近づかないその場所に、彼女はいた。


「・・・島くんこそ、どうしたの?」


パッと表情を変えた―――俺が声をかけるまではどこか淋しそうな顔をしていた―――及川さんは、俺のよく知る笑顔でそう言った。


「俺っすか?俺はこれです。この棟、サッカー部の顧問の指導室があるんすよ」

「そうなの?」

「はい。うちの顧問、人使いが荒くて・・・でも一年だから逆らえないし」


俺は苦笑しながら持っていた紙を見せた。


「ふふっ、大変そうね」

「そうなんですよ、まぁ自分が好きでやってることだから文句は言えないんすけど・・・」

「でも凄いわ、部活の掛け持ちなんて」

「そ、そうすっか?」


(お、及川さんに褒められたッ・・・!!)


だんだんと頬が火照っていくのを感じて、俺は慌てて顔を背けた。

適当なところに視線を投げる。


(なんでもいいから出てこい、言葉!!)


「あ、そういえば清継くんから聞いたんすけど、今日の活動は―――」


その時。

俺は及川さんの後ろ、窓から見える校舎脇の焼却炉に見知った姿を見つけて言葉を切った。


「あれ?あそこにいるのって・・・奴良と―――家長さん?」

「ッ、」


近寄って覗いてみると、確かにそこにはあの二人がいた。


「なにやってんだ?―――あぁ、奴良はまた日直か」

「・・・えぇ、そうみたいね」


ぽつりと。

真横で、そう呟かれた。


「及川さん?」


窓枠に掛かる細くて白い指。

肩から背中に流れる艶やかな黒い髪。

ふわっと香ってくる匂いと触れ合いそうな肘に、心臓がバクバクと煩く鳴る。

―――それでも。

及川さんはこっちには目もくれず、真っ直ぐただ一点だけを見つめていた。


「お―――」


・・・あぁ、なんだ。

ちゃんと思われてるじゃんか。


「あぁ、そうか」


俺は唐突に声をあげた。


「・・・島くん?」

「家長さんと一緒に日直だったやつ、今日風邪で休みだったんすよ」

「え―――」


ほら。

こんな顔、見たことない。


「だから家長さんが奴良に頼んだんじゃないっすか?あいつ、頼まれると断れないから」


知ってるだろうけど。

その言葉を俺は無理矢理飲み込んだ。


「そ、う・・・」

「はい。にしてもよくやりますよね、奴良のやつ。一昨日も日直だったんすよ?」


知ってるだろうけど。


「・・・えぇ、本当に」


ゆっくりと呟く及川さん。

その横顔は思わず見惚れるくらいに綺麗で―――。


「でも、それがリクオ様なの・・・」

「・・・そうっすね」


“様”付けの理由なんて、今まで何度考えたか分からない。

それでも俺は黙って頷いた。


「やっぱり及川さんは笑ってるほうがいいっすね」

「え?」

「いや、なんでもないっす。それより早く戻ったほうがいいんじゃないっすか?奴良のやつ、探してますよ?」


言って見下ろしたそこにはもうあの姿はない。


「あ、!」

「じゃあまたあとで、部活で」

「えぇ、ありがとう、島くん!」

「いえ!」


“ありがとう”なんて、訳を知ってる俺じゃなきゃ不思議に思いますよ?


「―――及川さんッ!!」

「え?」


振り返った彼女は。

柔らかそうな髪を揺らし、大きな瞳で笑っていた。


「あ、いえ・・・なんでもないっす!!」

「・・・ふふっ、おかしな島くん」


そう言って。

及川さんは嬉しそうに笑いながら、小走りに俺のもとを去っていった。


「・・・笑ってる及川さんが、・・・好きっす」


拳を握って、唇を噛んで。


「ハァ・・・」


まだまだ先になりそうだな、なんて。

俺は清々しい気持ちで大きく背伸びをした。


「・・・ったく、あいつはいったいどこをほっつき歩いて―――って、おい島!!お前どれだけかかってるんだ!!早くしろッ!!」

「ッ、!!」






この想いにさよならは、まだまだ先になりそうだな、なんて―――。








 

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