創作 弐

□種から咲かせる悩み花
1ページ/1ページ



「仏頂面」

「・・・」


炊事場。

隣に並ぶ毛倡妓の指先が、膨らむつららの頬を突いた。


「あんたを思ってのことでしょう?」

「・・・分かってる」

「だったらどうしてそんな顔してるのよ」


溜息を漏らし、毛倡妓は苦笑しながら前掛けを解く。

二人の側の卓上には、桜蒸しや鯛の若狭焼き、昆布巻きなど彼女らが用意した酒の摘みが所狭しと並んでいた。


「分かってるけど・・・私は側近なのよ?それなのに、出入りにすら連れていってもらえないなんて・・・」

「―――つらら、あんたそれ本気で言ってるの?」


刹那。

俄に毛倡妓の声音が鋭くなった。

だが、つららはそれに反応を示さない。


「・・・本気なわけ、ないじゃない」


ただ俯いたまま、小さくそう言うだけだった。


「でしょうね」


そうしてまた、苦笑いの溜息が漏れる。


「それでも・・・あの人の側にいたいのよ。私がいても足手纏いになるだけだって―――分かっていても不安なのッ」


つららは胸に手を当て吐き出すように言った。


「つらら・・・」


凡ゆる戦況を共にしてきたからこそ、その大きさが痛いほど分かるのだ。


「でもそれは、リクオ様だって同じでしょう?」

「・・・」

「側にいないのはリクオ様も同じ。だったら、大将の留守は絶対に自分が守るんだって、そうやって大きく構えていればいいじゃない。それでリクオ様が戻ったら―――」

「戻られたぞー!!」

「三代目がお帰りだッ!!」

「ほら、つらら」


それは諭すような、優しげな声音。


「・・・」


廊下を慌ただしく走る小妖怪。

笑顔で玄関先に集う女妖怪達。

騒ぎ出す屋敷の中で、毛倡妓は軽くつららの肩を叩いた。


「私―――、行ってくる!」

「いってらっしゃい」


毛倡妓は至極穏やかな笑みを浮かべ、その後ろ姿を見送った。

嬉々として駆ける、その背中を―――。






「リクオ様ッ!!」

「―――っと、・・・つらら?」


門を潜り、青田坊や黒田坊と共に談笑していたリクオは突然玄関先から飛び出した影を咄嗟にその胸に受け止めた。

表情は窺い知れない。

けれど確かに鼻孔を掠める香りは紛うはずもない、彼女のもの―――。


「つらら?」

「おかえりなさいませッ!!」


見上げて、彼女は満面の笑みで言う。

その腕をしっかりとリクオの背に回し、胸板に顔を埋めながら、つららははっきりと言った。


「おかえりなさい」

「・・・あぁ、ただいま」






二人きりの部屋。

行灯の明かりの他は、窓から差し込む月明かりのみが部屋を照らす。

それでも穏やかなその光は障子に映し出される二つの影を、より密接なものにしていた。


「落ち着いたか?」

「はい・・・」


時が経てば込み上げるのは気恥ずかしさばかりで、つららはしゅんと項垂れた。

そしてそれは大衆の面前で、それも組頭への態様として曝すものではなかったと、振り返れば自責ばかりが募る。


「そうかい」


特に何をするでもなく、リクオはただ黙ってつららの言葉に耳を傾けていた。


「リクオ様・・・」

「あぁ」

「いえ・・・」


先からこれの繰り返し。

口を開きかけては噤むつららを、それでもリクオは急かそうとはしなかった。


「信頼、してねぇわけじゃねぇ」

「―――え、」

「逆だ」


驚きに顔を上げるつららに、リクオは淡い笑みを見せた。

そっと、その手を引く。


「こんな顔をさせるためにしたわけじゃねぇがな・・・」


頬を撫ぜられぴくりと瞼を震わせる。

全てを見透かされているようで、つららの視線は再び膝の上へと戻った。


「悪かった・・・」

「そ、そんなッ―――」


それでも、この暖かな腕に抱き込められればどんな悩みも小さなことのように感じた。

足手纏いなんて、馬鹿げていたと笑うのだ。








 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ