創作 弐
□道化師たちの腹中
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「及川さんも、好きなの?・・・あの人のこと」
「・・・はい?」
一瞬何を問われているのか分からなかった。
彼女の言葉は脈絡もなければ漠然としすぎている。
それでも返すつららの脳裏にそれに対する疑問符が浮かばなかったのは、彼女の言う“あの人”が指す人物と、その真偽に確固たる確証があったからで―――。
「・・・どうして?」
人気のない屋上で、家長カナを前につららは静かな口調で問い聞いた。
「・・・及川さんも、助けてもらったでしょ?・・・あの人に」
「・・・」
それはきっと、捩眼山での一件。
「だからねッ―――」
「家長さんは、好きなの?」
「・・・え?」
「その人のこと」
つららはカナの瞳を真っ直ぐに見据え言った。
承知はしていたが、敢えて尋ねた。
するとカナは困ったように俯き、やがてぽつりぽつりと語り出した。
「・・・好き、なのかな。・・・正直、まだ数えるほどしか会ったことがないからよく分からないけど―――」
「・・・」
「好き、なんだと思う・・・」
頬を桃色に染め、可愛らしい様子で恋心を語る彼女。
「・・・」
「あ・・・でも、どこが好きかって聞かれると困る―――」
その時。
つららの制服の隠しの中に入っていた携帯電話が微かに震えた。
「ごめんなさい」
言葉を切ったカナにそう言うと、つららは彼女に背を向け携帯を開く。
そしてそこに表示された名は―――。
「はい」
『あッ、つらら!?』
通話口から聞こえてきた声の主、それは己の主君だった。
「どうされました?」
どこか焦りさえ感じられる音吐に、つららは硬い口調で問い聞く。
『今どこにいるの!?』
「え・・・?あぁ、申し訳ありません、まだ屋上に―――」
『屋上!?』
叫ぶような素頓狂な声に、つららは思わず身体を引く。
「・・・リクオ様?」
『屋上か・・・』
ハァ、と聞こえる溜息。
つららは訳が分からず、姿のない主に不可思議な表情を浮かべた。
「あの、リクオ様―――」
『チャイムが鳴ってからだいぶ経つのに・・・つらら、なかなか教室に来ないから―――』
「・・・」
『心配したよ』
「あ・・・」
携帯を握る手に、じわりと熱が帯びるのを感じた。
「―――申し訳ありません、すぐに向かいますね」
つららは至極穏やかな口調で言う。
『あ、でも急がなくていいよ!つららはドジなんだから』
「そ、それは昔の話です!」
彼が幼少の頃、悪戯の標的にされては口癖のように間が抜けていると言われたものだ。
『ハハッ、ごめんごめん』
「もう、今日は若のご飯は抜きです!」
『え!?』
「ふふっ。ではすぐに向かいますね」
言って、つららは終話を知らせる無機質な音を耳にくるりと振り返った。
「ごめんなさい、家長さん」
「あ、うん・・・」
「・・・私に、“あの人”のことが好きなのかって、聞いたわよね?」
「え・・・」
カナは改めて向き直った学友に目を見開いた。
一言で言うならば、纏う空気が違う。
それは、カナのよく知る“及川氷麗”とは似ても似つかなくて―――。
「及川、さん・・・?」
「ごめんなさい、容易じゃないの」
「え・・・」
つららはゆっくりと口元に笑みを浮かべた。
「じゃあ私、行くわね?」
「あ・・・、―――及川さんッ!!」
カナは力いっぱいに叫んだ。
今聞かなければ、もう二度と聞けない気がしたから・・・。
「あの人と、及川さんって・・・どんな関係なの・・・?」
知っていて、知らぬ振りをした者と。
知られていると知って尚、素知らぬ振りを続けてゆく者。
二人の腹中を知る者はいない・・・。
「あなたの想像している通りよ」
そう言って、道化師は笑った。
了