創作 弐

□馳せた時、それでも深くを愛せるように
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「考えないようにしてきたわけじゃないのよ?・・・始めがあるから終わりがある、それはヒトの命数にしたって同じことだもの。ただそれがほんの少し、私のほうが長かったっていうだけ。だからって何かが変わるっていうことでもないのよ。・・・あの人の最期を見取れるのなら、本懐よ」






「母さんッ!」


唐茶の髪を揺らした青年が、着物姿の女性に駆け寄る。


「あら、どうしたの?そんなに慌てて」

「父さんッ―――いや、三代目は!?」

「三代目?」


女性―――生粋の妖であるつららは、その問いにゆっくりと小首を傾げた。


「あぁ・・・確か、今晩の寄合に必要な文献を探すって―――」

「どこで!?」


飛び掛からんばかりの勢いで詰め寄られ、びくりと肩を揺らしたつららは慌ててその身体を引く。


「く、蔵の中で・・・」

「分かった!ありがとう、母さんッ!」


母親の言葉を聞いた青年は、脱兎の如く駆け出した。

縁から庭先へと飛び降り、下駄に足を引っ掛け縺れながらも蔵へと一目散。


「もう、慌ただしいんだから・・・」


つららは小さく溜息を吐きながら、それでも酷く満ち足りたように表情をゆっくりと綻ばせていた。






布団の皴を伸ばしきり、洗いたての香りに深く溜息を吐いたつららの背中をとん、と軽く押す手があった。


「ッ、!」

「ただいま・・・」


布団の上に組み敷かれ、指先を絡め取られ囁かれる。

始めは微かに抵抗を見せたつららだったが、瞬時にその正体に気づくとぱたりと抗うことを止めた。


「・・・おかえりなさいませ、お疲れ様です」

「あぁ、疲れた・・・」

「ふふっ。どうでしたか?皆の反応は」

「予想通りだな、悪くない」


つららの背に覆いかぶさった男―――混血の妖であるリクオは、妻の問いかけに満足げに頷いた。


「あの子も気が気ではなかったようですよ?昼間の慌てぶりと言ったらそれはもう―――」

「あぁ、蔵に来た時か?」

「えぇ。いきなり詰め寄られてびっくりしました」


つららは先の出来事を思い出したのか、クスクスと小さく笑った。


「確かにな、寄合の最中も心ここに在らずって感じだったぜ?」

「―――仕方ないだろ、四代目襲名がかかってるんだから」


その時。

襖の向こうから不機嫌な声がかかった。


「入っていい?」

「えぇ、どうぞ」


つららは短く返し、大して慌てた様子もなくやんわりとリクオの身体を退ける。

唇を尖らせる夫はこの際気づかぬ振りだ。


「どうだった?父さん」


入室するなり二人の愛息は畳に滑り込むように正座をして、父親に尋ねた。


「悪くねぇよ、少なくともオレの時よりは数倍な」

「父さん?」

「もう、リクオ様ったら・・・」


つららは苦笑して息子に笑みを向ける。


「寄合の後、貸元先の方々からあなたの志気にお褒めの言葉を戴いたのよ?」

「え、それ本当!?母さんッ!」

「えぇ」

「おいおい、オレの隠居生活にはまだ早ぇぞ?」


そんなリクオの言葉に、妻と息子は顔を見合わせそしてどちらともなく笑い合うのだった。






ヒトの命数とは、知れないから面白い。


「あれなら安心して任せられるな」

「・・・いつの話をされているのですか」

「あぁ。まだ渡さねぇよ、オレの奴良組は」








 

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