創作 弐

□普く遍く
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「ではリクオ様、カラス天狗様も高尾山より無事戻られたことですし、私も明日、遠野へと帰らせていただきます」


三が日を三日と過ぎた頃。

主の部屋で、つららはぺこりと頭を下げた。


「以前よりお伝え申し上げてはおりましたが、時期的に今が好機ではないかと、先日ぬらりひょん様からご配慮を賜いまして―――」

「そういやぁ、そんなことも言ってたな・・・」


リクオは明後日の方を眺めながら、緩慢とした手つきで煙管を吹かした。


「今起てば、戻りはリクオ様の始業に間に合います。ご安心ください」

「別にそんなことは気にしてねぇよ」


言えばリクオはふいと外方を向いてしまった。


「・・・では、そのように不貞腐れた表情の原因が、他にあるとでも?」

「・・・随分と余裕だなぁ、つらら」

「余裕?・・・何を仰いますか。困り果てているのですよ、先日お話をさせていただいた時も全く聞く耳を持たれず、けれど伝えぬわけにはいかぬと意を決して再度口を開けばまたもそのように不貞腐れた表情をされ―――」

「―――ただの悋気だ、気にするな」

「側近の帰省のどこに悋気を抱く事由がありますか」

「分からねぇならそれでいい」

「・・・リクオ様」


側近に溜息を吐かせた主は、煙管を仕舞うと敷かれた布団の上にごろりと寝転がった。

どうやら不貞寝を決め込むらしい。


「・・・明日、というより今晩日付が変わり次第、発たせていただきますよ?」

「・・・」

「リクオ様?」

「・・・オレが止めても行くんだろう」

「それは―――、帰省・・・ですから。里で私の帰りを待つ者もいますし―――ッ、!!」

「馴染みの男かい?」

「・・・は、い?」


布団の上で組み敷かれ、眼前に迫った主の顔。

けれどもそんな情景の中でも、側近の彼女はなんとも素頓狂な声をあげた。


「何を―――」

「物心ついた時からお前はオレの側にいて、それからずっとこうしてオレの側にいるな?」

「側近、ですから・・・」


不即不離では側で仕えている意味がない。


「だがそれは飽くまで“オレの物心がついた時”だ。妖と人間の生きる時間は比例しねぇ・・・。お前は遠野で、オレの知らない場所でどれだけ生きて、どれだけ他の奴の側にいた?」


祖父が永く永久に近い時を生きているように。

妖の命数は人のそれでは決して計ることのできない、言わば未知数・・・。


「リクオ様・・・」


そこで漸く、つららは主の抱く悋気の意味を理解した。


「・・・そうですね。思えば私がリクオ様の側近となって、初めての帰省です」

「・・・今更かよ」

「ふふっ。それくらいのこと、という意味ですよ。リクオ様のお側に在ることのほうが、永く・・・そしてこれからも、ずっとそう在り続けるのですから・・・」

「向こうで馴染みの奴に声をかけられたらどうする」

「・・・しつこいですよ、リクオ様」

「気になっちまうんだから仕方ねぇだろう」


リクオはまた外方を向いて呟いた。

僅かに覗える、微かな頬の染まりは胸の内にしまっておこう。

つららは口元に手を当て、クスッと微笑んだ。


「つらら」

「はい?」

「お前が遠野に出る間、オレは誰を想えばいい?」

「リクオ、様・・・?」

「抱かせろ」

「は・・、はいッ!?」


リクオは組み敷いたままのつららの髪を一房手に取ると、そこに唇を落とした。

そして瞳を細め目一杯にその香りを堪能すると、その髪をゆっくりと布団の上へ放る。


「リクオ様ッ、時間が―――」

「日付が変わるまでだろう?」

「ッ、・・・あの、」

「お前のいない間に、オレが他の女に目移りしてもいいのかい?・・・つらら」


わざと含みを持たせ、リクオは煽るように問い聞いた。

刹那、大袈裟なほどにつららの身体が震えたのは言うまでもない。


「ッ、」

「愛してるぜ、つらら・・・」


低く囁かれた声音は、つららの理性を崩すには充分で・・・。


「ッ、」


恋仲である二人なのだから、淋しさは片々なわけがない。


「リクオ様ッ・・・」


つららは自分を見下ろすリクオに向かって、求めるように腕を伸ばした。

日付が変わるその瞬間まで、永久に―――。








 

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