創作 弐

□それでも幸せだって
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例えばキミが妖じゃなかったら。

例えばキミが奴良組の妖じゃなかったら。

例えばキミが本家に住まう奴良組の妖じゃなかったら。


「こんな想い、しなくて済んだのかな・・・」


そんな呟きは、吐き出した白い吐息と共に月夜に儚く溶けて消えた。


「・・・」


いや、答えなんて知れてる。

―――否、だ。

“本家に住まう奴良組の妖”なんて理由は、言い訳の一つに過ぎない。


「そうか・・・、そうだよな・・・」


惹かれた相手がキミだった、なんて思えたら幾分か楽になれるのに。

キミだから惹かれたなんて、口が裂けても言えなかった・・・。






「あら、首無」


その色香で数多の男を魅力する魔性の妖―――そんな通説も全く意味を成さない彼女は、廊下を向かいから歩いてきた。


「つらら」

「今日も忙しいわね、緊急の総会らしいわよ?」


詳しくは分からないけど、そう言って彼女は手にした樽を抱え直した。


「総会?」

「えぇ、なんでも総大将直々に収集をかけられたとか・・・」


つららは顎に手を当て、思案する素振りを見せる。


「でも、僕らは何も聞いていないよ?」

「何を言っているのよ、だからこそ、じゃない。本当に幹部の中だけで決まりをつけなくちゃならない案件だったら、それこそ大問題よ」


つららは溜息交じりに言った。


「・・・リクオ様も総会に?」

「えぇ。たった今、お部屋を出られたところよ。学舎から戻られたばかりだっていうのに・・・」

「・・・若頭だからね」

「それは分かっているけど・・・」


その言葉からも思い知る、彼女の中での仕えるべき主は総大将ぬらりひょんではなく、飽くまで奴良リクオただ一人だという事実。


「そうだわ!先に湯浴みの準備をしておけば、総会から戻られてもすぐにお休みになれるわよね!」


嬉々とした彼女の様子は、ぎりぎりと僕の胸奥を締め付ける。


「・・・首無?」

「――――えッ?」

「どうしたの?顔色が悪いけど・・・」


ふわりと浮遊する頭蓋を見遣り、つららは眉ねを寄せた。


「いや、ちょっと気分が悪くてね・・・」

「え、大丈夫なのッ!?」

「大丈夫だよ。それより総会の準備、手伝えなくて悪いね・・・」

「それはいいけど・・・」


呟くように答えたつららは、やがて思いついたように口を開いた。


「そうだわ、毛倡妓に頼んで冷えた手拭いを―――ッ、!!」


驚いたのは彼女だけじゃない。

それは思わず雪のように冷たい手首に手を伸ばした自分も同じで―――。


「く、びなし・・・?」

「・・・つららが、持ってきてくれる?」


真っ直ぐに金色の瞳を見つめ、案外容易く吐き出せた言葉で彼女の動きを封じた。


「か、構わないけど・・・どうしたの?毛倡妓と喧嘩でもした?」


つららは不安げに僕を見上げ聞いてくる。

四六時中ずっと側にいるキミらじゃあるまいし。

出かけた言葉を飲み込んで、困ったように笑って見せた。


「ちょっとね」

「もう・・・、ちゃんと仲直りしなさいよ?」

「・・・君にだけは言われたくないな、つらら」

「なッ―――ど、どういう意味よ、首無!」

「つい昨日まで言い合いをしていたのはどこの誰だっけ?」

「あ、あれは・・・」


あぁ分かった。

締め付けられるようなこの痛みの原因は、キミが彼の側で笑っているからだ。

喧嘩の相談と託けて、側にいることを望んだ僕じゃない彼の隣で・・・。


「じゃあ悪いけど、頼むよ」


言って僕は踵を返した。

痛くて痛くて堪らない。


「えぇ。そろそろ総会も始まる頃だから、すぐに行くわね!」


「・・・ありがとう」






素直なキミは、縋ることしかできない僕を一生知らないままでいい。

だから今だけは。

せめて言葉を交わすことだけを、許して・・・。


「首無?入るわよ―――」


静かに、襖が開いた・・・。








 

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