創作 弐
□甘美と誓い
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「ん・・・ん?・・・ッ、!?つ、つららッ!?」
「はいッ!おはようございます、リクオ様!」
枕元に正座をしている側近―――つららはそう言って当前のように微笑むから、微睡みの中をさ迷っていたリクオも朦朧とした意識を無理矢理覚醒させざるを得なかった。
「ど、どうしたの!?こんな早くにッ―――」
布団から上体を起こしたリクオは、慌てて眼鏡を掛けると手近の目覚まし時計を乱暴に掴む。
「え!?まだ4時前じゃないか!」
時計が目覚ましの音を鳴らすまで、優に2時間以上。
どうしてこんな朝早くから、彼女は自分の枕元に座っているのか・・・。
リクオは首を捻った。
「申し訳ありません・・・」
訳が分からず混乱したまま尋ねるリクオに、つららはしゅんと項垂れる。
「あ、いや・・・怒ってるわけじゃないよ、つらら」
リクオは慌てて言った。
「ただ、こんな早くにどうしたのかなって・・・」
確かに屋敷の家事を任されている彼女は平生から早起きではある。
だがなぜ、その家事には関係のない自分の部屋に彼女はいるのか・・・。
「・・・誰より先に、お渡ししたかったんですもの」
「え?」
「去年は、家長に先を越されて・・・こうして同じ屋敷に住んでいるにも関わらず、一番にお渡しできなかったことが悔しくて・・・」
「つらら・・・?」
「ですから今年こそは必ずと・・・毛倡妓や屋敷の者にも遅れを取らぬよう、こうして早朝よりリクオ様のお側で好機を―――」
「え?ちょっと待ってつらら、渡すって・・・何を?」
「・・・はい?」
つららの調子外れな声をあげる。
だがそれに、リクオは益々怪訝な表情を浮かべた。
「ま、まさかリクオ様・・・お忘れなのですか?」
「え?だから何を―――」
「今日はバレンタインデーですッ!!」
膝の上でぎゅっと握られた拳。
つららは吐き出すように言った。
「あ・・・」
「まさか、本当にお忘れになられていたとは・・・」
リクオの様子に、つららは唖然としたように呟く。
学舎からの帰り道、恒例行事に託け商戦に名乗りを上げた大手製造業者の広告や、店先に所狭しと並べられた種々なるチョコレートを見ては二人言葉を交わし合ったというのに・・・。
「リクオ様にとって、バレンタインデーはその程度のものなのですね・・・」
「え!?あ、いや、そうじゃなくて!まさか貰えるなんて思ってなかったから―――」
「去年も一昨年も一昨々年も、リクオ様には毎年お渡ししているじゃないですかぁ!!」
「違うよッ、そういう意味じゃなくて―――」
瞳をぐるぐるとさせ、口を開けたまま驚きに硬直するつららにリクオは慌てて言い直す。
「期待しておいて貰えないとか・・・格好悪いじゃないか」
「私は毎年お渡ししています・・・」
「うん、もちろん覚えてるよ。だからこそ、期待してると怖いんだよ」
「・・・そういう、ものですか?」
「ボクはね」
リクオは照れ臭そうに頬を掻いた。
「ふふっ。安心してください」
そう言ってつららはくるりと振り返ると、両手に乗せた小さな箱をリクオに差し出した。
それは珊瑚色のリボンでラッピングされた、鳩羽鼠の四角い箱―――。
「どうぞッ、リクオ様!」
「あ、ありがとう・・・」
指先を触れ合わせながら、チョコレートはつららの掌からリクオのもとへと渡った。
「・・・手作り?」
「はい!昨日、毛倡妓と一緒に作りました!」
つららは嬉しそうに微笑む。
「開けていいかな?」
「ふふっ、どうぞ」
楽しそうに笑むつららに頷いて、リクオは可愛らしく飾られたリボンを解くと小さな箱をゆっくりと開いた。
「わ・・・」
途端、鼻孔を擽る甘い香り。
そこには、ハートの形に象られた大小様々なチョコレート―――。
所々歪な形が、手作りの味を醸し出していた。
「今年は一番にお渡しできましたね!」
手元を見つめたままのリクオに、つららは嬉しそうに笑う。
「ありがとう、つらら・・・」
「いいえ!」
誰よりこの日を待ち望んでいただろう彼女の、幸せそうな表情。
それは深く、リクオの胸に焼き付いた。
「・・・ごめん、つらら。去年のこと、つららがそんなに気にしてるなんて思わなくて・・・つららが嫌な気持ちになるなら、これからはつらら以外の人からは貰わないよ」
リクオは気落ちしたように言った。
だが、つららは慌てて手を振る。
「そ、そんなッ!リクオ様のお人柄故のことです!・・・ただ―――」
一度言葉を切り、つららは吐き出す。
「やはり、他の女性からチョコレートを受け取られるお姿は・・・あまり、見たくはありません・・・」
つららは俯いて、ぽつりぽつりと呟いた。
「じゃあ、つららの知らない所で貰えばいい?」
「ッ、・・・そ、それも嫌です!!」
「ハハッ、冗談だよ。これからはつららからしか貰わない」
「リクオ様・・・」
「ありがとう、つらら」
「―――ッ、・・・大好きです!リクオ様ッ!」
つららはきゅっとリクオの首筋に腕を絡ませ、力いっぱいに抱き着いた。
二人だけの、チョコレートのように甘い、甘い時間・・・。