創作 弐

□晴れのち晴れ
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「おはようございます、リクオ様!」

「おはよう、・・・つらら」


冬季の朝。

つららがそろりと中の様子を窺えば、そこには眠たげに瞼を擦る主の姿があった。


「今日は日直でしたよね?お弁当の用意、出来ていますよ」

「早いね、―――ありがとう」


枕元にある時計を見遣り一瞬驚くような顔つきになったリクオも、すぐにそう言って衣桁の側で自分を待つ側近に笑みを向けた。


「つららはどうする?後から青と一緒に来ても―――」

「もちろん、お供いたします!」


日直と言っても、例に漏れず今月になって何度目かのそれ。

にも関わらず、それを知った上で彼女は満面の笑みで頷くのだ。


「ごめんね、早起きさせて」

「いいえ。リクオ様と一緒に学校へ行けないなんて嫌ですもの」

「・・・つらら」

「さぁ、朝餉の準備も出来ていますよ!」


部屋の戸を開け放ち、爽やかな風を迎え入れる。

今日も皺一つなくきちんと着込まれた真白い着物は、それを追うリクオの胸を至極暖かにさせるのだった。






「リクオくん、おはよう」

「あ、カナちゃん。おはよう」


昇降口で上履きを履いていたリクオは、突然後ろから肩を叩かれ振り返った。

そしてそこに立っていたのは、幼なじみの家長カナ。


「―――ではリクオ様、お勉強、頑張ってくださいね?」


そして自分だけに聞こえるようにそう耳元で囁くと、倉田―――もとい青田坊と並んで去っていくのはつららだった。

記憶に残る真白い着物はなく、その姿は今となっては見慣れた学生服。


「リクオくん?」

「え?」

「・・・どこに行くの?」

「ッ、―――!!」


カナの声にハッとしたリクオは、その時初めて、自分の足が二人を―――否、つららを追いかけていたことに気づいて慌てて踵を返した。


「大丈夫・・・?」

「あ、うん。ちょっと考え事してて―――」


リクオは曖昧に頷く。


“頑張ってくださいね?”


その口調がどこか幼子に言い聞かせるようなそれに聞こえ、知らず溜息を漏らしたリクオは不思議そうな顔をする幼なじみと共に教室へ向かうのだった。

そんなことを考えている時点で既に、それが大人になりきれていない証拠なのだと一人、僅かに気を落としながら・・・。






「リクオ様?」

「え!?」


我に返り辺りを見渡せば、そこは一面の青空。


「どうされました?」


弁当箱を手にしたつららが小首を傾げる。

暫く放心していると、徐々にぼんやりとしていた意識が覚醒してくる。

今は昼休みで、ここは校舎の屋上。


「あ、いや・・・」

「・・・そういえば、朝も―――申し訳ありません、家長が側にいたものですから・・・何か用向きでしたか?」

「え?」


リクオは思わず頓狂な声をあげた。


「リクオ様?」


背中に目玉があるのかと、問いたくなる。

だってあの時確かに、彼女は自分に背を向けていた―――。


「・・・どうして、分かったの?」

「はい?」


自分さえ気づかなかった無意識のうちの行動を、彼女はいとも簡単に知り得た。


「・・・私はいつも、リクオ様を見ておりますよ」

「え・・・」

「朝の集会では、欠伸をされていましたね」

「なッ―――ど、どうしてそれを・・・」

「夜更かしはお控えになるよう、あれほど申しましたのに・・・」


冗談めかしたかと思えば、次の瞬間にはわざとらしく溜息を吐く。


「そ、それは夜のボクがッ―――」

「えぇ。ですが夜更かしが昼の生活に差し支えるというのは考え物です」


真剣な眼差しは側近の顔。

その表情に、リクオの中で彼の考えが浮かんだ。


「ねぇ、つらら―――」






きっと今日も自分の毎日は笑顔で終わる。

想いを封じ込めることが大人だと言うならば、一生子供の―――幼子のままでいい。

それでも二人の関係は、やっぱりそんな簡単な言葉じゃ括れないから。


「ずっと・・・リクオ様を見ております」


この一言が、胸を熱くする。








 

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