創作 弐

□キミナシの世界
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頸部に回された手。

みしり、と軋む音がする。

射るような女の目を見つめ、俺は愛してると呟いた。






「あなたを見ていると苛々するわ」


木の幹に押し当てられた背中が悲鳴をあげている。

苦痛に歪んだ眉を見て、雪んこは嬉しそうに笑った。


「そんなに私が憎らしい?」


頬にかかる髪を払いのける仕種に、高鳴る馬鹿正直なこの心臓。


「・・・てめぇの耳は空耳か?」

「阿呆らしいあなたの戯れ言に限って、ね」

「減らず口は相変わらずだな」

「そう言ってもらえて光栄よ」


俺が貶せば雪んこはクスッと笑った。

どうしてこんな女が好きなのか。

自問してみたところで答えが出ないことなど今更。


「あら、リクオ様」


その声にハッと振り返った俺の首筋を刹那―――冷たい物が這う。


「この首、圧し折ってやりたい」

「・・・嘘かよ」

「ふふっ、騙されるほうが悪いのよ?」


雪んこはクスクスと笑った。


「怯えるくらいなら、止めたらいいのに」


今度は蔑むよう俺を見て、鼻で笑う。


「・・・なんでお前なんか好きに―――ッ、」

「それ以上続けてみなさい。圧し折ってやるから」

「怖ぇ女だな」

「そんな女に、・・・惚れているのはどこの誰?」

「・・・」


気丈に振る舞っているつもりだろうが、“惚れている”と吐いた雪んこの唇は震えていた。

苦虫を噛み潰したような表情。


「そんなに嫌かよ」

「・・・聞いていなかったの?嫌じゃなかったらわざわざ時間なんて割かないわ」

「あぁ、あいつがいねぇ間に牽制か」

「はっきり言って迷惑してるの、止めてもらえる?」

「俺が誰に惚れようが自由だろ」

「ッ、」


笑った俺に、雪んこが言葉を詰めた。

だがそれと同時に俺も、言葉を詰めていた。

“惚れた”なんて、躊躇いなく言ってのけた自分自身に驚いたから・・・。


「お前にも分かるはずだぜ?・・・理由なんてねぇんだよ、惚れるのに」

「・・・」

「気づいた時には惚れてた、・・・惹かれてた」

「・・・」

「それだけだ」


簡単だろ?なんて笑う俺に、雪んこはただ黙って地面を見つめていた。






足掻いて足掻いて足掻いて、足掻き続けてやる。

お前を手に入れるためなら何度だって。


愛してる


って、言ってやる。






触れられないのに・・・。

君の無い世界なんて考えられないんだ。








 

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