創作 弐

□こんなにも幸せ
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バンッ!!と勢いよく鉄の扉を開いて、そこに待つ愛しい姿に駆け寄る。


「リクオ様・・・?」


だがここはさすがの側近。

語尾に疑問符をつけるだけに留まり、特別頓狂な声をあげることもなかった。

その声音には、どこか楽しげな響きも含まれていたが・・・。

リクオは伸ばした腕でつららの身体を抱き込みながら、彼女の肩口に鼻先を埋め深く息を吸い込むように何度も深呼吸をした。


「あら、甘えん坊ですか?」

「・・・つららの補充?」

「ふふっ。なんですか、それは」


そんな主の希有なる姿につららはクスクスと笑う。

だってここは学舎。


「誰かに見られてしまいますよ?」


普段は自分の台詞である言葉を、耳朶に囁いた。


「屋上だから大丈夫だよ」

「誰かが来てしまうかもしれません」

「来たら止める」


唇を覆う制服の所為でくぐもった声に、つららは仕方ないと肩を落とした。


「・・・近くにいるって分かると、会いたくなるよ」

「はい?」


側近である彼女が生徒に粉し、昔日から自分の生活を見守っていてくれたと知ったのはつい最近のこと。

ずっと、屋敷で自分の帰りを待っていてくれているものだと思っていた。

授業中にふと思い浮かべる姿は、家事に勤しむ姿に貸元先へ使いに出る姿、はたまた夕餉の支度に精を出す姿か。

なぜって“ただいま”と帰宅すれば必ず“おかえりなさいませ”と、誰より一番に自分を迎えてくれていたのは彼女なのだから。

誰がそれを想像しようか。


「嬉しいお言葉ですね」

「本気だよ」


どこか冗談のように笑われ、リクオは唇を尖らせた。


「えぇ、分かっていますよ?」

「・・・本当?」

「本当です」

「本当に?」


笑顔の絶えぬ押し問答のようなそれ。

つららはふと短く息を吐くと、ゆっくりとリクオに向け手指を伸ばした。


「・・・こうすれば、信じてくださいますか?」

「え?つら―――」


言いかけたリクオの言葉は奪われる。

なんの前触れもなく近づいてきた、つららの唇によって―――。


「ッ、!!」


驚いて見開かれた彼の瞳に映るのは、視界いっぱいの濡羽色。

頬には冷たい指先。

唇をゆっくりと、つららの舌先に舐め取られた。


「ハァッ、・・・つら、ら?」

「・・・私も、嬉しいんですよ?」


指先を絡め、理解を乞うようにつららは上目にリクオを見つめた。


「こうして人目を憚らず、リクオ様のお側にいられるのですから」


触れてはならないという側近としての感情と、触れたいと願う潜在感情との葛藤。


「それに、こうしてすぐにリクオ様を叱ることもできます」

「え?」


つららは僅かに身体を離し、リクオの頬に手を添えた。

が・・・。


「ふふっ、冗談ですよ」

「・・・え?」


パッと手を離され、リクオは調子外れな声をあげた。


「さぁ、そろそろ授業が始まる頃ですよ?」

「・・・」

「リクオ様?」


ジッと見つめられ、つららは無言の彼に問う。


「ねぇ、つらら。言ってよ」

「・・・はい?」

「ボクに言いたいことがあるんだろう?」

「ッ、・・・リクオ様」


驚いて言葉を詰めるつららに、リクオは諭すように小さく頷く。


「・・・」


いつから自分の主はこんなに頼もしくなったのだろう。


「・・・ずっとお側で、お守りしてきたと思ったのに」

「つらら?」

「いえ」


つららは淡く微笑んで、そして居住まいを直すように背筋を伸ばした。


「・・・大したことでは、ありませんよ?」

「うん、言って?」


リクオは相好を崩して先を促す。


「・・・」

「つらら」

「・・・お側にいる分、リクオ様の色々なお姿を見ることができる反面、・・・その、クラスメイトの女子生徒と睦まじくされるお姿が・・・」

「うん」

「ええと・・・その、」

「・・・つまり、嫉妬してくれてるってこと?」


口ごもるつららの言葉をリクオが繋いだ。


「ハゥッ!・・・ま、待ってください、リクオ様、ここでは―――」

「ふぅん。じゃぁ家ならいいんだ?」


何が、といえばそれはつららの纏う制服のスカートを撫でるリクオの手。


「そ、そういうことではありませんッ!!」

「つららがいけないんだよ、可愛いこと言うから」

「へ?」


やっぱり無自覚だよね、と苦笑のリクオ。


「まぁそんなところも可愛いんだけど」

「だ、誰かに見られてしまいますからッ・・・」

「だから大丈夫だよ、ここ屋上だし」

「わ、若〜ッ!!」


つららは腕を伸ばし、にじり寄るリクオの身体を突っ撥ねる。


「側にいると、こんなこともできるよね」








 

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