創作 弐

□君であるキミが好き
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「ハゥワッ!!!」


その奇声が聞こえた瞬間、広間で夕餉を囲んでいた奴良組の面々はビクッと肩を震わせた。

しかし各々近くの者とあらまし顔を見合わせると、またすぐに何事もなかったかのように箸を進める。

だがそんな中、一人だけ例に漏れる者がいた。

上座で食事をしていた三代目―――奴良リクオだ。


「リクオ様?」


スッと箸を置き、膝を立てた大将に側で食事を取っていた首無が不思議そうな声をあげた。


「あの声は雪女でしょう」

「あぁ」


首無の言葉にリクオは振り向きもしないで短く答えた。

そして賑わう組員達の背を抜け、一人部屋を出ていく。


「・・・どうされたんだ?」

「あの子だから、でしょうよ」


主の後ろ姿を眺めながら頭を傾ける首無に、毛倡妓は苦笑しながら呟くのだった。






「ハァ、またやっちゃったわ・・・」


つららは赤くなった膝頭を摩りながら呟いた。

幸い盆の上に乗せていたのは手巾のみ。

これが燗にかけた清酒などであったら一大事だ。


「どうしてこうなっちゃうのかしら・・・」


多少なりとも他人に比べ、間が抜けていることは自認している。

こうして躓き転ぶことなんて日常茶飯事であるし、昨日も庭で派手に転んだことは記憶に新しい。


「もう・・・」


溜息を吐いて、つららは遠くに飛んだ手巾に手を伸ばした。

が・・・。

それは彼女の手が届く直前に、ふわりと宙に浮いてしまった。


「え―――ハゥワッ!リ、リクオ様ッ!?」


視界から消えた手巾を追いかければ、そこには微かに口角を上げた主。


「大丈夫か?」

「え?・・・あ、はい!」


持っていた手巾を手渡され、つららは慌てて格好を整えそう答える。


「ですが、どうしてこちらへ・・・?お食事中では―――」

「そんなことより、足の傷治すほうが先じゃねぇのかい?」


リクオはつららの膝を一瞥し、短く言った。


「え・・・あ、大丈夫ですよ、こんな掠り傷くらい―――へッ、!?リ、リクオ様!?」


急に足が地を離れる浮遊感を覚えたかと思えば、ふわりと身体が宙を浮くからつららは悲鳴にも似た声をあげた。


「ワ、ワッ・・・!!」

「暴れると落ちるぜ」


しれっと言ってのけたリクオは、つららの身体を横抱きにするとさっさとその場を後にする。


「リクオ様!?」

「なんだい?」

「あのッ、降ろしてください!」

「それはできねぇな」


ずんずんと突き進む先は間違いなく―――。


「わ、私の部屋はこちらではありません!」

「誰が部屋に帰すなんて言った?」


リクオは楽しそうに笑うと、静かに自室の戸を閉めた。

そしてゆっくりと、畳の上につららの身体を降ろす。


「リクオ、様・・・?」


つららは着物の裾を直しながらも不思議そうに問い聞く。

すると無言だったリクオは彼女の向かいに腰を降ろし、何をするかと思えば座したままのつららの膝頭にその唇を静かに寄せた。


「ッ、!リ、リ、リ・・・」


驚きのあまり声が出ない。

それでも主の舌先は傷口をなぞるように滑るから、つららは慌てて彼の頭を引っぺがそうとその肩を押し返すのだ。


「や、めてくださいッ!」

「大丈夫、なんて放っておくお前が悪い」

「え・・・?ッ、」


話しながらも、舌先はゆっくりと這う。


「・・・お前はドジなんだから、ちゃんと手当てしねぇと・・・よし、終いだ」


問い返したつららの声には耳を傾けず、リクオは唇をそっと離した。


「ありがとう、ございます・・・」


嫌がっていたにも関わらず、素直に礼を述べるつららにリクオは不思議そうな顔をした。


「つらら?」

「呆れて・・・いませんか?」

「は?」

「ドジばかりの側近で・・・」

「つらら?」


リクオは訳が分からないというように問い聞く。


「牛頭丸にも言われるんです、役立たずの側近だと」

「・・・」

「分かっているんです。昔から失敗ばかりで・・・」

「・・・」

「牛頭丸だけじゃありません、皆思っているはずです。・・・リクオ様も、出来のよい側近のほうが―――ハゥッ!!」


言いかけたつららは素頓狂な声をあげた。

突然、リクオの訝しげな顔が眼前に迫ったから―――。


「つまらないことを気にするな」

「・・・え?」

「ドジでもおっちょこちょいでも・・・それがオレの側近だ」


リクオは揺るぎない瞳を向け言う。


「オレはお前がいい」

「・・・」

「ガキの頃からオレ側にいてくれたのはお前だろう?つらら」

「・・・リクオ様」

「他の奴なんて関係ねぇ、オレの側近はお前だけだ」

「リクオ様ッ!」


つららは堰が切れたようにリクオの首筋に抱きついた。


「つらら?」

「つららは未来永劫、リクオ様の側近で在り続けますッ!」


どんな時でも、未来を照らすのはあなたの言葉。


「―――側近で妻、だろう?」








 

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