創作 弐

□ほら、叶わないなんて知ってる
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「痛ッ、」

「ほ、ほら牛頭丸〜」

「・・・うるせぇな、こんなもんほっときゃ治るだろうが」


事あるごとに悲鳴のような声をあげる馬頭丸に、オレはわざと舌打ちをした。


「でもそれ、さっきより酷くなってるよ・・・?」

「気の所為だろ」

「牛頭丸〜」

「・・・」


オレがいいって言ってんだ、一々うるせぇ。

気にしねぇようにしてる傷が余計痛むだろうが。


「牛頭丸〜」

「・・・」

「ねぇってば〜、ちゃんと手当てしたほうが―――」


その時。

ふと、馬頭丸の声が途切れた。


「馬頭丸?どうし―――」

「あら、馬頭丸。どうしたの?そんな所で」


そして突然飛び込んできた声。

オレは瞬時に悟った。


「馬頭丸、雪んこには―――」

「聞いてよ、つららぁ〜」


が、時既に遅し。

馬頭丸は大袈裟に嘆声をあげて、驚く雪んこに縋り付いた。


「おい、馬頭丸!」

「つらら〜」


オレの視線に気付きもしねぇ。

・・・若頭補佐が聞いて呆れるぜ。


「な、何があったの!?」


抱えていた樽を脇に置いて、ご丁寧に問い聞く雪んこにオレは深々と溜息を吐くのだった。






「信じられない」

「・・・お前はそれしか言えねぇのかよ」


居間に二人。

普段は喧しいくらいに賑やかな小妖怪さえいやしねぇ。

だから今はこの言い合いが逆にありがたかった。

じゃなきゃ、この無音に耐えられない。


「自分は勝手にしていればいいかもしれないけど、人に心配させておいてその言い方はないんじゃない?」

「あいつは大袈裟なんだよ」


不愉快な雪んこの口調に舌打ちをして、思いきり顔を背けた。


「本当に・・・、馬頭丸がかわいそうだわ」


こんな奴が自分の組の若頭で、剰えその補佐役だなんて、とわざとらしく着物の袖で目元を拭う。


「てめぇには関係ねぇだろうが」

「あぁ、そう。でもその関係のない傷の手当てをしているのは誰?」

「ハッ、頼んだ覚えはねぇな―――痛ッ!て、てめぇ、何しやがる!!」

「え?あら、ごめんなさい、手が滑ったわ」

「はぁ!?」

「ふふっ、相変わらずの減らず口」


ふん、と息を吐いて雪んこは金属製の器具を掲げて見せた。

今さっきオレの傷口を突いた凶器だ。


「痛ぇな・・・、だいたい、なんでてめぇがここにいるんだよ」

「・・・なによ」

「てめぇの大事な三代目は薬師の所に行ってるんだろ?ついて行かなくていいのかよ、側近様」


と言ってやったが、目の前の雪んこはそんな俺の言葉にも大して気にした様はなかった。

むしろ冷静に返される。


「お生憎様。今日は寄合じゃないのよ」

「寄合じゃねぇってことはただの酒呑みかよ」


供しねぇことが側近としての立場を弁えてるってことか?


「ちょっと染みるわよ」

「―――ッ、!!」


言うか否か、すっかり気を抜いていた足首の傷を抉るような鋭い痛みが走った。


「・・・だから染みるって言ったじゃない」


ビクリと震えた肩口に、雪んこはいやらしく口角を上げた。


「てめぇ・・・言った瞬間に押し付けただろうが!」

「押し付けたって何よ!?消毒してあげたんじゃない!」

「はぁ?器具で抉ったり脱脂綿で擦ったりすることのどこが手当てなんだよ!てめぇは余程不器用だな!!」

「な、なんなの!?わざわざやってあげてるのに!!」

「だから頼んでねぇって言ってるだろうが!」

「馬頭丸に頼まれたのよ!!」

「だからそれはあいつが勝手に―――」


刹那。


「―――つらら」


音もなく、部屋と廊下を隔てる戸が開いた。


「ッ、・・・リクオ様ッ!!」


そしてそこから姿を現したのは、噂の三代目。

雪んこは手にしていた器具を放って、奴に駆け寄る。


「おかえりなさいませ、リクオ様!」

「あぁ、ただいま」


三代目―――リクオは胸糞悪ぃ笑顔で雪んこの髪を撫でると、オレにちらりと一瞥くれた。


「・・・なんだよ」

「つらら、何してたんだ?」


オレの言葉を丸きり無視したリクオは雪んこに問い聞く。


「傷の当てをしていたんです。馬頭丸にどうしてもと頼まれて―――そんなことよりリクオ様、先に湯浴みになさいますか?」


オレのこれは“そんなこと”かよ・・・。

雪んこはそれは酷く楽しげにリクオを見上げると、オレには見せねぇ笑顔でリクオの答えを待っていた。

・・・主の世話がそんなに楽しいか?


「そうだな・・・」


リクオは言葉を切った。

そして何かを思いついたようにニヤリと笑むと、雪んこの肩に手を置く。


「どうだい、一緒に呑むか?」

「え?」

「たまにはいいだろう。もちろん―――オレの部屋で、な?」


そう言って、リクオは雪んこの身体を引き寄せた。


「え、っと・・・ですが―――」


言い淀む雪んこに、袖にされてやがるとリクオを笑ったオレは、次の瞬間雪んこの口から飛び出したとんでもない言葉に驚倒しそうになった。


「・・・リクオ様ったら、お酒だけでは済まなくなるんですもの」


雪んこはポッと頬を染め口元に手を遣る。

その言葉に俺が声を失ったことは言うまでもない。


「お前が側にいると、な」

「まぁ、私の所為ですか!?ですがいくらリクオ様が嫌と仰っても、つららは未来永劫リクオ様のお側におりますからね!」


雪んこは胸を張って言い切った。


「・・・ハッ、一生やってろ」


見てられねぇ二人を残して俺は居間を出た。

入り込む余地どころか入り込む隙さえ見えない。

晴れない心は甘ったるい逢瀬の瞬間を見せられたから・・・。


「胸糞悪ぃ」


呟いた音吐は闇に紛れて流れて消えた。








 

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