創作 弐
□恋情リンケージ
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ずるり、と沈み込むような妙な浮遊感を覚えた時にはもう遅かった。
「ッ、!?」
驚きのあまり声は喉奥に消え、湿った土に着物を擦りながら落ちていく。
落とし穴に・・・。
「な、何してんだぁ雪女ッ!!」
「た、助けて・・・青」
庭先の、やたらと深く掘られた穴の中に見事に嵌まった仲間に、青田坊は驚駭な視線を向けた。
「若の仕業か」
「呼ばれて来てみたらこれよ・・・」
つららは頭上から差し出された腕に手を伸ばす。
「ったく・・・若の悪戯には手を焼かされるな。日に日に度合が―――」
「痛ッ!」
「ど、どうしたッ!?」
青田坊が腕を引いた瞬間、つららが突然甲高い声をあげた。
「足ッ・・・!」
「足?」
青田坊は不思議そうに問い返す。
よく見れば、つららの着物の裾から覗いた足首が赤く腫れ上がっている。
「雪女、足が―――」
「捻ったみたい・・・」
つららは溜息を吐く。
とりあえずこのままではいけないと、青田坊は慎重に彼女の身体を引き上げ己の背中を向けた。
「え?」
「そんな足じゃ歩けねぇだろ」
青田坊はつららの顔を見ず言った。
「・・・ありがとう」
確かに今も、じんじんと脈打つような鈍い痛みが広がっている。
つららは青田坊の好意を有り難く受けとって、その背中に身体を預けた。
そして部屋に戻ると自らが作り出した氷塊で腫脹した患部を冷やし、薬箱から取り出した薬液の浸された紋羽を貼り付けた。
「ふう・・・」
深く息を吐く。
雪女であるためもともと大きな熱を持たぬ身体だが、更なる冷覚は心地が好かった。
だがゆっくりしている暇はない。
これから夕餉の仕度が待っているのだ。
「・・・」
つららは極力怪我のある方に体重をかけないよう、ゆっくりと立ち上がる。
と、そこへ近づいてくる賑やかな足音。
「雪女!」
スパンッ、と勢いよく戸が開かれ、そこから顔を覗かせたのは言わずもがなつららの主であるリクオ。
「リクオ様、どうされたのですか?」
部屋に入る際は戸を打たねばならないといつも言っているのだが、未だに聞き入れられた試しがない。
「ねぇ、雪女!ボクたちが作った落とし穴に引っ掛かった!?」
「え?」
「庭に落とし穴あったでしょ?あれ、ボクたちが作ったんだよ!どうだった?びっくりした!?」
そう言って、嬉々として後ろに続く小妖怪達と頷き合うリクオ。
その表情は酷く楽しげで―――。
「ぁ、・・・あれは若が作られたのですか!?」
つららはつい知らぬ振りをして問い聞いた。
「そうだよ!力作だよね、みんなッ!」
覚えたての言葉をたどたどしく声音に乗せる様は、年相応の子供。
悪戯は子供にとっての十八番。
「びっくりしましたよ、リクオ様」
「凄いでしょ?ボクの作った落とし穴!」
「ふふっ。えぇ、とても」
つららは穏やかに笑って、然りげ無く左の足を一歩引いた。
けれど。
「・・・あれ?」
どうして彼はこうも。
「雪女」
鋭いのか・・・。
「それ、どうしたの・・・?」
見慣れぬ紋羽は、子供の目には特に異様に映ったのだろう。
リクオの表情は見る見る曇る。
「あ、これは、その・・・洗濯物を干していて―――」
「嘘つきッ!」
咄嗟に出た言い訳も、鋭い怒号に一蹴される。
「若・・・?」
「・・・青田坊に聞いた」
「え?」
「雪女が落とし穴に落ちて怪我したって・・・」
「ッ、」
つららは息を呑んだ。
どうして話したのだという青田坊に対する責問よりも、知っていて自分を試した目の前の幼子に対する驚異に言葉を失う。
「若・・・」
「ごめん」
ぽろぽろと、リクオの頬を大粒の涙が落ちる。
「ごめんね、雪女」
彼の後に続く小妖怪達も頭を垂れる。
「若・・・」
「痛かったよね、ごめんね」
そっとリクオがしゃがみ込み、小さな掌がつららの足首に触れた。
「リクオ様ッ」
つららも慌てて身体を折る。
「まだ痛い・・・?」
「え?」
「・・・治らなかったどうしよう、ボクの所為だ」
「・・・」
つららは流れていく主の涙を、無言のまま見つめていた。
言葉は要らない。
子供は時に苦しみながらもその身を以て学び、成長していくのだ。
つららは小さな身体をきゅっと抱きしめた。
「雪女・・・?」
「私はもう大丈夫です」
“大丈夫”という言葉に、ビクッと肩が震える。
「・・・本当?」
「えぇ、本当です」
腕を緩め間近でリクオの顔を見つめれば、頬には涙の跡が残っていた。
つららはそれを至極優しげな手つきで拭う。
「さぁ、夕餉の仕度をしなくては!」
「・・・ボクも」
「はい?」
「ボクも、・・・手伝っていい?」
視線を合わせず、着物の褄先を小さい手が握る。
「手伝ってくださるのですか?」
「・・・うん」
誰より側で、一つ一つの成長を見届ける。
冥加に尽きる他にない。
「ありがとうございます。では、お願いしますね?」
にっこり微笑んでやると、リクオは一瞬の逡巡の後に大きな笑顔で頷いた。
「うんッ!!」
この痛みもまた、確かなる成長の証―――。
了